第百三十八話 情けは人の……
「そう……それはなによりですわ」
みなの、こう……充実しきって、ツヤツヤした顔を見て、ちょっぴり気になったミーアは、テーブルの端の席に座っていたユバータ司教に話しかけた。
「ええと、ユバータ司教、いかがでしたか? あなたの目から見て、わたくしがいない間の話し合いは……」
「いや、実に感動いたしました。この地の未来を担う若者たちの熱き討論、すでになされたことへの評価と意義の検証、それに……それを大切なこととして後世に継承していく姿勢……。素晴らしい話し合いでした」
熱のこもった声でそう言ってから、ユバータ司教は苦笑いを浮かべる。
「ああ、ただ、一点だけ……。民に負担をかけるような、貴金属の像に関しては、偶像として扱われる危険性もありますし、控えたほうが良いように思いましたが……」
貴金属の……像? なにやら……聞き捨てならないことが聞こえたような気がして、ミーアは、んんん? と首を傾げる。
「……ええと……今、なんと?」
詳しく聞き出そうとしたところで、
「素晴らしい話し合いでしたぞ、ミーア姫殿下」
突如、傍らに現れたガルヴに、ミーアはギョッと跳びあがった。
「あ、あら、ガルヴ学長もいらっしゃっていたんですのね……」
などとつぶやきつつも、ミーアは首を傾げる。
――この方……今、天井から現れたような……あら? でも、いったいどこから……?
周りを見回してみると、みな気にする様子はなかった。ルードヴィッヒと目が合うも、うん? っと不思議そうな顔をされてしまう。
――あら……わたくしの見間違いかしら……?
小首を傾げるミーアに構わず、ガルヴは続ける。
「私もいろいろと学ばせていただきました。今日のこのやり取りから、新たな学科を作ることも検討しております」
「まぁ、そうなんですのね」
ミーアは腕組みしつつ、
――大陸の未来をみなで話し合う学科……。ふむ、それは悪くないのではないかしら。仮に、わたくしが女帝になった暁にはいろいろと楽ができそうですし……。
うむうむ、と頷きつつもミーアは、
「それも、大切なことかもしれませんわね。ガルヴ学長までもがそうおっしゃるのであれば……」
あまり熱心に同意すると、自分が楽をするためだと勘付かれてしまうかもしれない。なので、ほどほどに推す!
さらに、そのうえで……ミーアは忘れていなかった。先ほどの、ユバータ司教の言葉。
貴金属の巨像がどうとか言う話を……。
「けれど、一応言っておきますわ。大陸の未来を論じる際、わたくしが関与したいくつかのことが話題になるかと思いますけれど……そこに誇張は必要ない、むしろ厳禁であると言っておきますわ」
ミーアには自覚がある。
断頭台の運命を回避するために……いつでも美味しいケーキとお食事が食べられるように……そして、なにより、孫娘ベルが生まれてくる未来が明るいものであるように……。
多少なりとも、大陸の未来に貢献したという自覚が確かにあるのだ。
なので、まぁ、大陸の未来を論じる時に、少しは自分の話題も出てくるのだろうとは思うのだが……それを、あまりオーバーに言われるのはよろしくない。
ルードヴィッヒ辺りは安定した統治のために、ミーアの功績を多少盛って伝えたりするかもしれないが、正直、ミーア的にそれは避けたいところである。
――黄金の灯台にしても、黄金の巨像にしても、民衆に負担をかけることは、断頭台への近道。それにヴェールガ公国に喧嘩を売ることにもなりますわ。
最近はずっと眠っていて、なんだったら獅子じゃなくて、猫なんじゃないか? という疑いがなくもないが、あのラフィーナを怒らせることは、やはりミーアとしては避けたいところである。怖いし……。
ということで、ミーアは釘を刺しておくことにしたのだ。
「もしも、わたくしのしたことを伝えるというのであれば、一切飾り立てることなく、ありのままを伝えていただきたいですわ」
その言葉を受けたガルヴは、満足げな笑みを浮かべて、
「なるほど……。かしこまりました。それでは、構想が出来上がりましたら、また、ルードヴィッヒを通してご連絡いたします」
「ええ、お願いいたしますわね」
などというやり取りを終えて……ミーアはやっぱり、どこか引っかかるものを感じていたが……。
――まぁ、気のせいですわね。みんな、嬉しそうにしているし、きっと良い討論ができたに違いありませんわ、たぶん。
「ミーア姫殿下!」
どこか気合の入ったその声に、視線を向ける。っと、グロワールリュンヌの者たちが席を立ち、一斉にミーアの前に並んだ。
「あら……どうかしましたの? みなさま……」
「お願いしたきことがございます」
代表して口を開いたのは、ヤーデン・エトワ・グリーンムーンだった。そして、それに続くように、カルラ・エトワ・ブルームーンが、スチャッと一歩前に出て……。
「どうぞ、妾の師匠になって、称賛されるコツなどを……あいたっ!」
どこかの釣り好き姫のようなことを言いかけたカルラであったが、後ろから音もなく近づいたサフィアスにぐりぐりーっとやられたことで、その言葉が途切れる。
痛いのが基本的に好きじゃないサフィアスであるが……さすがに黙っていられなかったらしい。
「我が妹よ……きちんと場をわきまえる能力をつけなければ、社交界では生き残れないぞ!」
「いっ、痛いですわ。お兄さま、いたたた!」
愚昧に、母仕込みの教育的指導をするサフィアス。
それを見たミーアは、思わず顔をしかめる。
――ふぅむ……あれ、さっきも見ましたけど、実に痛そうですわ。
それから、ミーアはパティのほうに目を向けた。
ジィっと、ブルームーンの兄妹を見つめているパティ。彼女はヨハンナとも親しい……これは、まずいかもしれない。
――ああいうのは、パティの教育的に、よろしくありませんわね。見習ってはいけないものですわ。
なにしろ、パティはミーアの祖母なのだ。その教育方針は、ミーアに直接的に関係してくるわけで……。
――わたくしへの教育がますます厳しくなってしまう可能性もございますわ。ここは、はっきり言っておいたほうが良さそうですわね。
鼻息荒く頷いて、ミーアはサフィアスに言った。
「サフィアスさん、そのぐらいにしてあげないと、カルラさんが可哀想ですわ」
まず、軽く咎めてやる。っと、
「しっ、師匠―!」
涙目で、どこかのオウラニアのようなことを言い出すカルラだが、それは放っておくとして……。
「わたくしは、あまり、そのような暴力は好みませんわ」
チラチラとパティのほうに目を向けつつ、そういうの良くないよ! と強調するミーア。それから思い出したように、フーバー子爵のほうにも目を向けて……。
あっ、そういえば、コイツも特別初等部の子どもたちに乱暴しようとしてましたわ! っと思い出し……。
「それは、民草に対しても同じことですわ。特に、力なき者に暴力を振るうなどということがあってよいはずがない。それが、誇り高き、帝国貴族の姿であってよいはずがございませんわ」
ついでに注意しておく。
なにしろ、そうした態度もまた、ギロちんを呼び寄せるものだ。
やられたら、やり返したくなるのが人間というもの。そして、やり返す際にエスカレートしたり、対象者が広がっちゃったりするのもまた、世の常というものなのだ。
――貴族に殴られたから、仕返しに皇女を断頭台送りにします! なんてことになったらたまりませんわ。せめてわたくしは、そうした態度を咎めていた、と思っておいてもらわなければ……。
安定安全の自分ファーストに促され、ミーアは言う。
「今までは、それが普通であった、正しいと認識されていたのかもしれない。しかし、これからはそうではない。このわたくしのすべての権威をもって断言いたしますわ。それは、誇り高き帝国貴族のやり方ではない、と。それに、わたくしだけではなく、しし……」
うっかり、口を滑らせかけて……。
「ん? しし?」
「し、し……んゆう……そう。わたくしの真の親友の一人、ラフィーナさまも、そうした態度を赦しませんわ。そのことを記憶し、そして、中央貴族の者たちに伝えなさい。これからの帝国貴族の姿がどのようなものかを!」
と、きっちりと釘を刺しつつ、ミーアはヤーデンのほうに目を向ける。
「ええと、それで? 話の途中でしたわね、なにかしら? ヤーデンさん」
話を向けられ、気を取り直した様子でヤーデンは言った。
「どうぞ、お願いいたします。我らグロワールリュンヌ学園と、聖ミーア学園、両校がパライナ祭に参加できるよう、お計らいください」
「ほう……?」
腕組みしつつ、ミーアはヤーデンの顔を見つめる。その視線を真正面から受け止めて、ヤーデンは言った。
「この討論会で、さまざまなことを話し合いました。お恥ずかしいことに、四大公爵家に生まれながら、多くの、見えていなかったことに気づかされました……。そして、ミーア姫殿下の、あのお言葉の意味も考えました。この討論会は、勝ち負けをつけるものに非ず、という……」
――ああ、そういえば、そんなことを言いましたわね……あまり、深い意味もなく……。
なぁんて考えつつも、一切、表情に出さずに、ただ無言で頷き、続きを促す。
「ミーア姫殿下は、この討論会を計画した時から、これをお考えであったのではありませんか? 両校が代表となることを……。我々、中央貴族の子弟と聖ミーア学園の生徒たちが、互いの立場、互いの視点で帝国の未来を、大陸の未来を論じ合うこと……その姿を、パライナ祭で見せることで、大陸の他国にもそのような機会を持つよう促していく、それこそが、ミーア姫殿下がお考えのこと……そうではありませんか?」
ミーアは、シュシュっとルードヴィッヒに、シオンに、ユバータ司教に視線を送り……。どうやら、誰も反対者はいなそうだぞぅっと素早く判断。
それから、ユバータ司教に目を向けた。
「ユバータ司教、どうなのかしら? パライナ祭に出る学校を一つに絞る必要は、あるのかしら?」
「実は、まさに、そのことをご相談しようと思っておりました。私としても、この討論会を見て、聖ミーア学園、グロワールリュンヌ校、両校の学生が協力し、帝国の代表として参加することを強く望みます。元より、各国、一校とは決まっていませんし……」
ユバータ司教の言葉に、ミーアは満足げに頷いた。
活動報告更新しました。
来週は遅い夏休みとします。