番外編 ミーアの秘密、ついにバレる!
さて、ミーアたちが去ってから、討論場の配置が少し変わった。
ミーアの指示を受けて入って来たアーシャ・タフリーフ・ペルージャン、並びにシオン、ティオーナ、サフィアスにエメラルダの席を追加。それに合わせて……。
「そうだな……せっかくだから、席替えをするのはどうだろうか?」
シオンが厳かに提案する。
「ミーア姫殿下の言っていたとおり、この話し合いには敵も味方もない。より良い未来を目指し、意見を交換するためのものだ。こうして、ヴェールガ公国やサンクランド、ペルージャン農業国も加わったことだし、ミーア学園とグロワールリュンヌの学生が対立するように座っている必要はないのではないか?」
シオンの言葉に、グロワールリュンヌの女生徒たちが、一斉に色めき立つ!
なにしろ、シオンと言えば、イケメンで有名だ。しかも、大国サンクランドの王子殿下ときている。その隣の席をゲットし、仲を深めたいと思う令嬢たちは多かった。
そうして、ササッとくじ引きした結果――結果っ!
「よろしく頼む、サフィアス殿。それに、ヤーデン殿も……」
シオンの両脇は、ブルームーン公爵令息、グリーンムーン公爵令息によって固まってしまった!
令嬢たちの、ちょっぴーり恨みがましい目つきに苦笑いのご両人である。
それはさておき、こうして、綺麗にシャッフルされた生徒たちを眺めて、シオンは静かに頷いた。
――これは、良い練習になるな……。
シオンは知っている。
ミーアがなにかを提案する時、その言葉には、いくつもの狙いが隠されていることを。
さまざまな立場の者たちで、この大陸の、各国が内包する問題点を検証することは、意味のあることだ。複数国にまたがる意見交換の場は、パライナ祭の下準備にもなるかもしれないし、それだけでも意義深いことと言えるだろう。
しかし、あのミーアの狙いが、それだけ、ということは、あり得るだろうか?
そんなことはないとシオンは思う。そう確信している!
ゆえに、彼はこう考える。
――もしかすると、ミーアは、俺に“将来の国家運営の形”を模索させようとしたのではないだろうか。
国王の発言力が極めて大きいサンクランド王国。
シオンは、王が間違えないように、諮問機関たる議会を作ろうと考え、模索していた。
具体的な形はまだ見えてはいないのだが……ミーアは、そのシミュレーションをさせようとしているのではないか、とシオンは考えていた。
ゆえに、提案したのだ。
できるだけ、地位や立場を意識せずに、自由に、忌憚なく意見を言い合える場所の形を。
――王が座る場所は、固定しないほうが良いのかもしれないな。どの場所に座るかで、己が立場を表したり、徒党を組んだり……。それは時に意味があることだが、忌憚なく、自らの胸の内を話す時には、邪魔になるような気がする。もしも、諮問機関を作るのであれば、それは気を付けよう……。
そんなことを考えていると、席に着いたユバータ司教が口を開いた。
「しかし、大陸の未来というのは、いかにも壮大なテーマですね。ミーア姫殿下のように、なにか、狭義のテーマを設定できるとよろしいかと思うのですが……」
その提案に、シオンは一つ頷く。
「そうですね。さて、どんなテーマがいいか……」
そうしてシオンは考える。
この場にいる者たち……聖ミーア学園の学生たちとグロワールリュンヌの学生たち、サンクランド、ペルージャン、大貴族から弱小貴族に至るまで……。できれば、みなが発言でき、関心を持って話し合えるような、共通の、将来に関する話題と言えば……。
「……そうだな。やはり、共通するのはミーアか」
シオンは小さく頷いてから、
「どうだろう、ミーア姫殿下がこれまでに成してきた功績の意義と、それをいかにして伸ばし、生かしていくのかについて考えるのは……」
「ミーア姫殿下の功績、ですか……?」
目を瞬かせるヤーデンに、シオンは一つ頷いて。
「ミーアネットを、この場に居るみなは知っているのだろうか?」
「ミーアネット……?」
何人かの者たちが首を傾げる。グロワールリュンヌの者たちはもちろん、星持ち公爵家に連なるカルラやヤーデンも首を傾げていた。
「そうか。知らない者がいるならば説明しよう。アーシャ姫殿下とルドルフォン嬢、俺の説明で不足があれば遠慮なく言ってくれ」
一言断りを入れてから、シオンは続ける。
「ミーアネットとは簡単に言うと、食料に関する国同士の相互補助の仕組みだ。現在、この大陸を襲う小麦の不足、それに伴う飢饉の発生を抑えるためにミーア姫殿下が考案したものだ」
ペルージャンを拠点とする、国を超えた救済組織の構想、それを聞いたグロワールリュンヌの者たちは、一様に首を傾げる。
「国を問わず……ですか?」
「そう。国を問わずだ。おそらく、それが重要なことだったのだろう。食料をめぐった武力衝突が起きることを、おそらくミーア姫殿下は予想したのだ」
シオンは、大国の王子に相応しい、堂々とした態度で続ける。
「武力を持つ者は、しばしば誤解をする。圧倒的な武力さえ備えていれば、相手を従わせることができる。逆らってくることはないのだと……。だから、戦になることなど夢にも思わないし、仮に戦になったとしても、すぐに終わると高を括る。だから、想像すらしないんだ。その戦が、大切な、来年の実りとなる畑を焼くことも。作物を作る農民たちを殺すことも。以後、数十年にも及ぶ怒りと憎しみをその土地に残すことも」
シオンの脳裏にも『混沌の蛇』のことが常にある。安直な手段に頼り、他国を踏みにじった時に、彼らは容易に民を取り込み、蛇へと変容させるのだ。
けれど、おいそれと蛇のことを公言できないので、その部分は伏せたうえで、シオンは論じていく。武力による解決の危険性を……。
「それは悪手というものだ。国と国が正常に交流し、共に発展していくことこそが、我々が選ぶべき道だろう。その意味で、ミーアネットは素晴らしい仕組みだ。国を問わず、相手を問わず、食料を支援し、それだけでなく、小麦の知識も与えていくのだから」
シオンの言葉に、アーシャが、どこか誇らしげに頷いて立ち上がり……。
「寒さに強い小麦の知識を、ミーアさまは惜しげもなく分け与えるように、とおっしゃいました。それを売れとも、独占せよとも言わずに、むしろ、積極的に伝え、広めよ、と。飢え死にする者がただの一人も、この地にいなくなるように、と……」
多少、盛った感じで……話し出した! さらにさらに!
「そういうことであれば、我々も少しお役に立てると思いますが……」
ルードヴィッヒとバルタザルが颯爽と立ち上がる。それを見たシオンは納得顔で頷いて、
「ぜひ、お願いしたい。みなで、ミーアの功績を共有していこう」
こうして、ミーアの功績が次々に暴露されていくという、恐ろしい連鎖反応が起こりつつあったが……ミーアが知る由は、もちろんないのであった。