第百三十二話 一口(……比)のケーキ
「ふぅ……」
ミーアは一息吐いて紅茶を一杯。そんなミーアに、静かにアンヌが歩み寄り……。
「ミーアさま、これを……」
っと、差し出してきたのは……なんとっ! 切り分けたケーキの置かれたお皿だった。その大きさは一口分(ミーアの!)もある!
「こっ、これは……」
「はい、あの……少し、気分転換が必要なのではないかと思いましたから……」
アンヌは優しい笑みを浮かべて、
「あとで運動すれば……大丈夫だと思います。私もご一緒いたしますから……」
「あ、アンヌぅ……」
そのケーキは、討論会の場において、孤軍奮闘であったミーアにとっては、一服の清涼剤となった。
ミーアは、一口分(ミーアの!)のケーキを一口分(一般人の!)に切り分けて、パクリと一口……。口の中に、さらりとした甘みが広がる。
――ああ、美味しい。ケーキ断ちをした後のケーキが、こんなにも美味しいだなんて……。これは、新しい食べ方を発見してしまったかもしれませんわ。こうすれば、全体の量も抑えられるし、美味しく食べられる。言うことなしですわ。
そうして、じっくり甘味を味わうこと、四度。それから、脳内に糖分が回っていくのをじっくりと実感し……。その甘さの余韻に浸ること数秒。それが、消えていく、消えていく……。その最後の刹那、未練を残さぬよう紅茶で口の中をすすぎ……。
それから、改めて、フーバー子爵の問題に取り組むべく、気持ちを引き締める。
「ありがとう、アンヌ。元気が出ましたわ」
言いつつ、ミーアは自らの頬をパンッと叩く。
――さっ、それじゃあ、やりますわよ。フーバー子爵たちをなんとかしてやりますわ!
それから、ミーアは、フーバー子爵に歩み寄る。
「フーバー子爵、少しよろしいかしら……。ナコルさんも……」
っと、二人に声をかけた
「少しお聞きしたいことがあるのですけれど、よろしいかしら?」
「私と息子に、でございますか? さて、なんでしょうか?」
ミーアの動きに、ヨハンナが少々、心配そうな顔を向けて来た。
――ああ、ヨハンナさんはフーバー子爵と親しい間柄でしたわね……。気になっても仕方のないことではありますけれど……もしかしたら、ヨハンナさんからもなにかお話が聞けるかもしれませんわね。親しい間柄であったと言うなら、先代のことも、あるいは……。
ミーアはヨハンナに向けて笑みを浮かべて、
「ヨハンナさんもご一緒にいらしていただけると嬉しいですわ」
「ならば、私も行こう……」
唐突に声を上げたのは、皇帝マティアスであった! どうやら、ミーアはおろか、パティやベルにも放っておかれたことで我慢の限界に達したらしい。
「ああ、いえ、お父さまは……」
と言いかけたミーアであったが、ここでふと考える。
――ヨハンナさんはまだしも、フーバー子爵に関してはお父さまがいらしたほうが、口が軽くなるやもしれませんわね。もしも、彼が蛇でないのだとすれば、皇帝陛下の命令は絶対のはず……。それに、よくよく考えると先代皇帝陛下、すなわちわたくしのお祖父さまの教育係が先代のフーバー子爵であるとするなら……お父さまもご存知かもしれませんし……。
なにより、と、ミーアは討論会のほうへと目を向けた。
――お父さまがいると、グロワールリュンヌの学生が好きに意見を言えませんわ。そうなると、必然的にわたくしを礼賛するような意見に対しては、あまり強く言い返せなくなってしまう。その結果が、史上最高の女帝などというものであったことを考えると……お父さまもここには残さないほうが良いかもしれませんわ。
ミーアは小さくため息を吐いてから、
「では……まぁ、あまり気は進みませんけれど、お父さまにも来ていただきましょうか」
さて、フーバー子爵たちをどうするのかは問題だが、もう一つ問題が残されている。
温まりに温まった、白熱した討論会の場を、このままにしていって良いのか、という点である。
下手をすると、ミーアの功績を讃える黄金像建設のための会議に変化したりはしないか……? 余計なことを話し合い始めたりはしないか? と一抹の不安を覚えたミーアは、そこで、ぽこんっと手を叩いた。
「ああ、そうですわ。わたくしたちが席を外している間、セントノエルの方々も加えて、各国の問題点について、議論を深めておくのはいかがかしら?」
視線を向けるのは、シオンのほうだった。
せっかく、居るのだから、弟の授業参観などという楽な役に就けておく必要はない。コイツもきっちりと働かさなければ……!
「せっかくサンクランドの王子殿下が、それもお二人もおりますし……。セントノエル生徒会のレアさんやリオネルさんもおりますわ。ああ、それと、アーシャさんもお呼びして……それで帝国のことに限らず、この大陸全体の未来について、論じ合うのはいかがかしら?」
言いつつ、ミーアは、これは良いことを思いついた、とほくそ笑む。
――帝国のことをこのまま論じ合わせていると、ナニカ余計なことを言い出しそうですけれど、視野を複数の国々に広げれば、そうそうおかしなことにはならないはず。シオンもいることですし……。
「なるほど、確かに、パライナ祭は、国々の共同行事。帝国の学園の者たちと意見を交換し合うことに意味はあるか」
ミーアの思惑を汲んでくれたのか、シオンが頷いた。
「では、お願いしますわね。みなさん」
そう言いおいて、ミーアたちは部屋を後にした。