第百三十一話 ダメコンミーア
ミーアの答えに、その場のみなが目を丸くしていた。
――ああ、これは、ちょっぴりしくじったかしら……? 史上最高の女帝になるなどと……言い過ぎだったかも……? くぅ、これは、少し微調整が必要かもしれませんわ。
すぐさま、己が発言の危険性に気付いたミーアはいそいそと始める……ダメージコントロールを……。
「……この際、誤解のなきようにはっきりと言っておきますけれど……わたくしは、己が腕で、この帝国に大改革をもたらそうというわけではございませんわ」
まず言い切る! そのうえで、
「そもそも、否応なく変わっていくものなのですわ、国も、世界も。それは、ちょうど流れていく川のようなもの」
自分がなにもしなくったって、もともと、変わっていくものなんだよ! と訴えたいミーアである。だから、国が変わっていくのは、自分の責任じゃないんだよ? と、伝えたいミーアなのである。
「だから、どうせ変わるのであれば悪いほうにではなく、より良いほうへと変わっていきたい……。そう考えるのは、とても自然なことではないかしら?」
それから、ミーアはレアやリオネルのほうに目を向ける。
「わたくしは、セントノエルが好きですわ。親しい仲間たちがおりますし、とても楽しく、
居心地が良い場所だと思っておりますわ。叶うならばずっと女学生として、いたいぐらい」
視界の外れ、ビクッと皇帝マティアスが肩を震わせ、それは困る、と口を開けるのが見えたが、華麗にスルーし……。
「でも人は、いつまでも同じではいられない。いつか学校を卒業し、各々の場所で務めを果たす時が来る。その時が来たなら、わたくしたちは、選ばなければならない。務めを誠実に果たすか、それとも、果たさないか……。果たすことを選ばないということは、そのまま、務めを果たさないことを選ぶことと同じ」
皇女として、国のことを一切省みず、与えられた権威に相応しく振る舞うことを選ばなかった。前時間軸の末路を思い出しつつ、ミーアは続ける。
「国もまた同じこと。いつまでも同じではいられませんわ。時を重ね常に変化し続ける。であるならば、我々が目指すのは、より良い未来であるべきではないかしら?」
こうして、ミーアは「国の変革」についての自身の責任を軽くしつつ……さらに!
「そして、わたくしは、信じておりますわ。もしも、わたくしが女帝になれば、これまでのティアムーン帝国を凌駕する国を作ることができる、と……。なぜなら……」
ミーア、ここで巧みな言い回しを弄する。すなわちっ!
「みなさんがおりますわ!」
流れるように、責任を分散する!
すなわち……。
「わたくしが女帝になって、この帝国が過去を凌駕するものになるとすれば、それは、みなさん一人一人の働きによるものである、とわたくしは考えますわ」
女帝ミーアを、過去の帝国以上の存在にするのは、この場に居る一人一人の働きである! と訴えたいミーアである。
ミーアが史上最高の女帝になるのではない! 帝国の民が、ミーアを史上最高の女帝にするのだ。
それこそが、ミーア式イエスマンの究極形! ミーアがいいね! をしているだけで、最高の女帝となれる、最高のシステムだ。
ミーアは静かな視線で、グロワールリュンヌの学生たちを見つめて、
「我が帝室にとって、あなたたち貴族は、なにかしら?」
問うた。
穏やかな、それでいて凛とした声で……。その問いかけに、学生たちの背筋が自然と伸びる。そして、答えたのは……。
「我ら中央貴族は皇帝陛下、並びに帝室の方々の腕にして、足。そのご栄光を支える、忠実なる臣である!」
答えは意外な方向から返って来た。
堂々と声を張ったのは、ジッと討論を見守っていた公爵夫人……ヨハンナ・エトワ・ブルームーンであった!
ちなみに非常にどうでも良い話であるが……ヨハンナはカルラの座る椅子のすぐ後ろに立っていた。グッと握った両の拳を、カルラの頭の両側面に押し当て、こう、ぐりぐりぐりーっとしている。ぐりぐりーっと。
しぱしぱ、涙目になっているカルラ。
「あれ、痛いんだよな……」
っとどこか遠くからサフィアスのつぶやきが聞こえてきたような気がするが、まぁ、それはどうでもいいことで。
ヨハンナは、娘の頭をぐりぐりー、ぐりぐりーっ!! とやったまま、続ける。
「帝室の方々を支えることこそが至上の喜び。それこそが、我ら帝国中央貴族なり!」
ミーアは、ちょっぴり驚いた顔をしてから、
「感謝いたしますわ、ブルームーン公爵夫人。そう言っていただけると心強い限りですわ」
言いつつ、責任を、さまざまなところに分散、押し付ける!
さらにさらに!
「今日、こうしてみなさんで語り合っていることは、素晴らしいことであると、わたくしは考えますわ。今日の討論は、はじめにわたくしが言ったように大変に意義深いものとなった、とわたくしは考えますわ」
念のため、ミーアは確認しておく。
最初に言ったとおり、この討論会は勝ち負けではない、と、もう一度、念押ししておく。
そうでなければ「最終的な勝敗は“ミーアが過去の帝国に匹敵するほど偉大な女帝になる”と言ったことによって決した!」などと言われかねないわけで。
自身の発言が勝負を決めたと思われては、その発言の責任が重くなる。
「あの時、ああ言ったのに! あの言葉で勝負が決まったのに、ミーアは結局、その言葉を守らなかった!」
「あの時、偉そうに史上最高の女帝になるなんて言ってたのに、全然、そうならなかったじゃないか!」
などと批難されるかもしれない。それは厄介極まることなので。
「みなさんの討論で、この帝国の抱える問題点が明らかになってきたように思いますわ。わたくしが女帝になるための障害も、それをどのように乗り越えていけばよいのかも……」
そうして、討論会の目的は達成されました感を匂わせつつ……一度、言葉を切ってから。
「あと望むことがあるとすれば、それは、この議論を“より良い未来のために生かしていく”こと。わたくしが最も嫌うのは間違いが見つかることではない。それを正そうとしないことですわ」
真っ直ぐに、ナコル・フーバーに、そして、グロワールリュンヌの学生たちに目を向ける。
「間違えることは恥ではない。我々、人間は間違える者。貴き血筋たる我らも、それは変わりはない。では何が我らの恥か? それは、問題が明らかであるにもかかわらず、それを見ぬよう目を背けることですわ」
ミーアは、前時間軸の帝国貴族が、全員、愚かであったとは思ってはいなかった。
――恐らくは、わたくし並に知恵の働く方がいたはずですわ。わたくしのように……。
…………それについては、イロイロな角度から検証が必要そうではあるが。ともあれ、合理性のない愚か者ばかりではなかったと、ミーアは思っている。
けれど、彼らは頑なであった。自己のやり方や常識を改めることはしなかった。
そして、楽観的でもあった。それでなんとかなるのだと自分自身すらも騙し続けた。
その結果が、あの断頭台だ。
「グロワールリュンヌの方たちの慧眼を、わたくしは確認させていただきましたわ。あなたたちであれば、この帝国の持つ問題も、自領が抱える問題をも、見つけることができるはず。そして、それが見つかったならば、それを恥じ入る必要などない。ただ、それを認め、改めれば良いだけのことですわ」
静かに目を閉じるミーアには、あの革命の日が思い浮かぶ。
焼かれた帝都、暗い地下牢、絶望の日々……。
ミーアは祈る。あの日が決してこの帝国に訪れぬように。
「ただ、改めれば良い……それだけなのですわ。うつむき、悲しみ、恥じ入り、後悔するよりほかに、何もできなくなる前に」
それから、ゆっくりと目を開けて、
「ああ、口を出さぬようにと思っておりましたのに、聞かれたから、ついつい答えてしまいましたわ。申し訳ないことをしてしまいましたわ」
深々と頭を下げてから、ミーアは言った。
「それはそうと、ユバータ司教、議論も白熱してきておりますし、ここはいったん休憩を入れるということで、いかがかしら?」
その場をおさめつつ、ミーアはナコル・フーバーとフリオ・フーバー子爵に軽く視線を送るのだった。