第百三十話 悪役令嬢の帝国
「はい。そのとおりです。ミーア姫殿下への信頼は、これまでの帝国の歴史に勝るほど大きなものである、と私たちは考えます」
堂々と胸を張り、迷いのない朗らかな顔で高らかに、セリアが言った。言い切ったっ!
それに追随するように、聖ミーア学園の生徒たちが歓声を上げる。
勝手にセリアが「私たち」と主語を大きくしたわけではない、と証明するかのように!
そんな、凄絶な光景に、ミーアは口をあんぐり開ける。
「こっ……これは、いったい、なにが……?」
ミーアは咄嗟に室内に目を向け、事情を聞けそうな者を探す。っと、ベルと目が合ったため、手招き。とととっと駆け寄ってきたベルに、ささっと事情を聴取する。っと!
「ええと、グロワールリュンヌのナコルさんから一つの疑念が呈されて……」
などと語るベル。その口元に、ちょっぴり、ケーキの欠片がついているのを目ざとく見つけたミーアは……。
――わたくしが、こちらで頭を悩ませている間に、ケーキを味わっていたとは……なかなか良い根性をしておりますわね。ベル……。ふむ、ベルも昨日はたくさん食べていたはずですし、食べ過ぎですわね。あとで、またわたくしと一緒に運動させることにいたしましょうか。
悪役の笑みを浮かべるミーアである。それはさておき……。
「ミーアおば……姉さまのお知恵や功績はもちろん評価されるべきですけど、それは、ティアムーン帝国がこれまでに積み重ねてきた歴史と信頼に並ぶものなのか……と。ミーアお姉さまを女帝にすることが既定路線のようになっているけれど、それは、伝統を覆してまでなされるべきなのか? とナコルさんが問いかけたんです。それで、セリアさんが、その通りです、ミーア姫殿下は史上最高の女帝になります、と言い切って……」
「なっ……!」
なんと、いつの間にか、ミーアは、史上最高の女帝にまで持ち上げられていた!
正直、女帝になるのは、まぁ良い……。良くないが、良いことにしておく。
女帝になるならば、民草を不安にしないように、期待に応え続けなければならないということだったので、気は重いが……それも良いことにしておく。
だが……史上最高の女帝になる……なんて期待感に応えられる自信は……ない!
まぁったくない!!!
しかも……。
――いや、というか、史上最高の女帝というか……よくよく聞いていると、帝国の歴史の積み重ねにも勝るとか言ってなかったかしら? それって、歴代の皇帝以上というだけでなく、帝国の歴史……というか、ティアムーン帝国というもの以上の存在にならなければならないということでは……?
自らを押し上げるかつてない巨大な期待の波に酔い、ミーアは思わず、おうふ、っと息を漏らす。
――なっ、だっ、誰かこんなことになる前に止める者はおりませんでしたの? ルードヴィッヒは……?
っと、壁際で聞いていた忠臣に素早く目をやれば……満足げに頷いていやがった! こんなの当然のことですね、などと言いそうな顔で! 隣のバルタザルも同様だ!
――くぅっ、ルードヴィッヒたちはアテにならなそうですわ。そうですわ! がっ、ガルヴ学長は……くっ、おりませんわ!
実は、こっそりとナニカに擬態して様子見に来ていたりするのだが……そして、ルードヴィッヒと同じ感じで、うんうん、っと納得の頷きをみせているのだが……あいにくとミーアの目にはその姿は映らなかった。
――セリアさんがノリノリで話してますけど……ワグルやセロくんは……ああ、駄目ですわ! むしろ、なんか応援したそうな顔をしてますわ! ドミニクさんも自分も口出ししたそうな顔してるし……。っというか、そもそも、先ほど同意の声を上げてましたし……。
聖ミーア学園の者たちにしゃべらせては、セリアを後押ししそうな雰囲気。かといって、他国の王子であるエシャールが口出しできる感じでもなし。
――ゆ、ユバータ司教は……こういう時に、良い感じに諫めてくれそうなヴェールガの方たちは……。
裁定役のユバータ司教は、なにやらまぶしげな顔で、セリアを見つめていた! それは、さながら、孫娘の成長を見守るお祖父ちゃんのような顔つきだった。
――だっ! 駄目そうですわ! ユバータ司教まで空気に飲まれてしまっておりますわ! それに、グロワールリュンヌの学生たちも、なんだか言葉を差し挟みづらそうだし……。
彼らは、満足げに腕組みしている皇帝マティアスのほうをチラチラ見ては、微妙に言いにくそうに口を閉ざしている。
「あ……あー、えーっと……」
っと、なんとか、口を挟もうとしたところで……。
「ミーア姫殿下、私たちの信頼は的外れでしょうか? 先ほどのミーアさまがおっしゃられていた幸せということ……あれを実現なさるというのなら、私たちの意見は間違ってはいないと思うのですが」
不意に飛んできたセリアの問いかけに、ミーアは、思わず……。
「はぇ…………?」
否定したくはある……が、ミーアは瞬時に察してしまう。
――これ、否定できないやつじゃ……?
ミーアの視界の外れにはエメラルダの姿があった。サフィアスも、それに、傍らのシュトリナも……。
あの日……新たなる盟約が結ばれた日に、その場にいた者たちが、見守っていた。
言ってやれ! という感じで、真っ直ぐに見つめていた。
そう……ミーアはあの日言ったのだ。
この帝国を縛っていた古き盟約を破棄し、新たなる盟約を結ぶ、と。
それは、すなわち、初代皇帝から始まる古き帝国を、新たなる帝国によって作り変える……すなわち、打倒し、新たなものを立て上げるということ。
必然、新たなるものにする以上、それは過去のものに勝るものでなければならないわけで……。
それは、新しき盟約の主たるミーアは、古き盟約によって築かれた帝国に勝るものでなければならない、ということに……。
――えっ、エメラルダさんが、ものすごーく期待した顔をしているのが気になりますし……ベルもパティも、なんだか、すごくキラキラした目で見てますし……。ぐぅ、ひ、引っ込みがつきませんわ!
しゅしゅっと視線を巡らせて、状況を把握。
そうして、息が切れる前に、付け足す一音!
「……い」
大きく頷きつつ、確認するは、己が覚悟。
――あの革命の日を迎えないために、そして、ベルの生まれてくる未来を明るいものとするために、すでに覚悟は決めておりましたし……。やるべきことは、それと大して変わらないはずですわ……。
さらに、ミーアは思うのだ。
――そもそも、戦わなければならない相手というのは、初代皇帝の野郎が作ったダメな帝国ですわ。それを超えることは簡単なはず……。
それは、ちょうど、物語の悪役のような……傲慢なわがまま姫がある日、改心して周りにちょっぴり優しくするようなものだ。
今までが酷かったがゆえに、ほんのちょっぴり優しくすれば、それだけで見直されるという、そのようなもののはずで。
――そう、今までが酷かったのだから、ほんの少しばかり改善すればよいだけ。その程度のこと、わたくしにできないはずがありませんわ!
そうして、顔を上げ、ミーアは決然とした表情で!
「ええ、……まぁ、その……大まかな方向性? とかは、そこまで間違ってはいないと思いますわ……たぶん」
できるだけ……広めに解釈できるよう、曖昧さをたっぷり含めた返事をするのであった!




