第百二十七話 女帝への期待、高まる!
「………………はぇ?」
ハラハラしつつ、討論の進行を見守っていたミーアは、一瞬、呆気にとられた顔をした。
――こっ、こいつ、なにを言っておりますの……?
突然のドミニク・ベルマンの妄言に、思わず瞠目するミーアであったが……。
ドミニクは、一切、なんの不明点もない、とばかりの堂々たる態度で言った。
「小麦畑ミーアートについて……もう、グロワールリュンヌのみなさんも、ご覧になったと思います。この私、ドミニク・ベルマンの発案のもと、級友のセロ・ルドルフォンの全面協力もあって実現したものです」
チラリ、とセロのほうに目をやってから、プイッと視線を外すドミニク。それは、まるで、
『きちんと隠し立てせずにお前の功績も指摘してやったからな。文句はあるまい?』
とでも言わんばかりの態度だった。それを見てセロは、小さく苦笑している。
後の世に女帝ミーア派の二大巨頭と呼ばれる、ベルマン伯爵とルドルフォン辺境伯の友情の芽吹きが感じられる場面ではあったが……それはさておき。
「小麦畑にミーア姫殿下のお顔を描くことで、中央貴族は納得して、喜びをもって小麦畑を作ることができるはずです。なぜなら、これは、ただの土臭い農作業ではない。ミーア姫殿下のお顔を描く、貴い芸術作業だからです」
「ええと、つまり……古き不合理な常識を、できるだけ抵抗なく新しい合理的な常識に塗り替えようとしている、と……?」
問いかけたのは、中立の立場としてこの場に参加しているリオネル・ボーカウ・ルシーナだった。突然の話の展開に目を白黒させつつも、なんとか消化しようと努めているようだった。
そんなリオネルにドミニクは、我が意を得たりと頷いて……。
「まさに、そのとおりです。納得を得るための下準備として、それをしています。そして、民草に対しては、小麦にミーア姫殿下の名前を冠したミーア二号小麦と同じく、日々の食を通して、ミーア姫殿下への敬意を抱かせる効果がある、と自負しています。農民たちはミーア姫殿下の偉大さを知り、ミーア姫殿下が女帝になることに抵抗を感じないことでしょう」
堂々と、恥ずかしげもなく、なんの疑問も抱かぬ澄み切った顔で、彼は小麦畑ミーアートを誇っていた。
こう……一言言ってやりたいミーアであるが、議題が女帝の是非に関わることである以上、口出ししづらかった。
そして、ミーアが迷っている間に、別の者が口を開いた。
ミーア学園のまとめ役、セリアだった。
「しかし、ドミニクさまの素晴らしい計画も、ミーアさまであったから、実現できたことである、と私は思います。ミーアさま以外の方でこのようなことをしてしまえば、きっと、食べ物を使って遊ぶ不届き者の自惚れ屋、と、そのような評価を受けたことでしょう」
――いや、わたくしがモデルになっていたって、駄目なのではないかしら……というか、口には出さないだけで、きっとわたくしの肖像画であったとしても、なんだこれ? と思う方は一定数いそうな気がしますけれど……。
などという、ミーアの内心の抗議はもちろん、誰にも届くことなく……。話は進んでいく。朗らかな顔で語りだすのはワグルだった。
「同感です。我らルールー族は、ミーア姫殿下に深い深い恩義があります。だから、畑で肖像画を描くことにはなんの抵抗もないし、我が静海の森の木を用いて、ミーアさまを褒め称える像を作ることにもなんの抵抗もない。きっと森の木を全部、ミーアさまの像にしたとしても、むしろ、喜びを感じることでしょう!」
――いやいやいや、きちんと冷静に抵抗を感じていただきたいですわ。森の木を全部とか、お祖父さまである族長さまが泣きますわよっ!
などという、ミーアの内心の抗議は……以下略。
「納得が大切ということは、よくわかります。だからこそ、ミーア姫殿下は女帝にならなければならない、と、私は考えます」
再び口を開いたのは、セリアだった。その顔には、一切の曇りのない、ミーアへの信頼感があった。
「女性が帝位に就くべきではない理由が過去の積み重ねにあるのはわかります。しかし、それは永久不変の真理ではない。だとするのであれば、それは今までそうだったということに過ぎない。だからこそ、いつの日にか、変化の時が来る。そして、今が変化の時ではないでしょうか」
そっと目を閉じ、セリアは続ける。
「変化には不安が付きまとう、それは民の心を乱す。それもまた真理です。でも、だからこそ、正しい方向へと変化させるためには、民の不安を最小限に抑えつつ、民の期待を絶対に裏切らない、そんな方が、最初に女帝になる必要があります」
そうして、セリアは、真っ直ぐにミーアに視線を向けてきた。
その、あまりにも熱量の高い期待の視線を受けて、ミーアは……。
――あ、あら……ということは、もしかして、わたくし、女帝になってからも功績を挙げ続けて、期待に応え続けないといけない、ということなのでは……?
なぁんて、背筋を寒くする!
この民の期待に応えられなかったりすると、もしかして、ギロちんのヤツが駆け寄って来るのでは……? などと思ったりもして。
っと、そんなミーアのそばに、静かに歩み寄る者がいた。
それは、シュトリナとパティで……。まったく違う方向から近づいてきた二人は、同じことをミーアに耳打ちした。すなわち……。
「先ほどの、ナコル・フーバーの言葉には、なんとなく蛇の臭いを感じます」
ということだった。
活動報告を更新しました。