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ティアムーン帝国物語 ~断頭台から始まる、姫の転生逆転ストーリー~  作者: 餅月望
第九部 世界に示せ! ミーア学園の威光を!
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第百二十六話 …………はぇ?

「それは、秩序を破壊し、混乱を生み出すもとになるんじゃないか……」

 ナコル・フーバーは静かに口を開いた。

「過去の歩みの蓄積――文化という秩序を破壊することは、人心の乱れにも繋がることではないでしょうか?」

 先ほどミーア学園に……というより、皇女ミーアにやり込められて以来、彼はしばらく考えていた。

 それは、どうすれば、この討論に勝ち筋が見出せるかということ……ではない。そうではなくって……どうすれば、己の確信へと議論を導けるか、である。

 ナコル・フーバーは、自分たちの正しさを信じて疑わなかった。

 かつて、彼の父、フリオ・フーバー子爵は言った。

「我が兄、シドーニウスは生涯、妻を持たず、子を成さなかった。兄は腹違いの弟であった私を後継ぎとして指名し、この帝国の貴族文化を守る者として取り立ててくださった」

 遠くを見つめたまま、父は続けた。

「私は、兄のようになれなかった。妻を持たぬこと、子を持たぬことは、弱き私には耐えられなかった。だからこそ、ナコルよ。お前には励んでもらいたい。この帝国の貴族文化を守る者として、勉学に励み、思想を守ってもらいたいのだ。私が、独身を貫くことで果たせた成果……それ以上のものを、お前には果たしてもらいたいのだ」

 そんな父の言葉と期待を受け、ナコルは日々、勉学に励んでいた。

 父が、兄に対する罪悪感を持たなくても良いように。

 父が子を成したことに、意義をもたらすために。

「お前が生まれてきてよかった」と言ってもらうために。

 ナコルは日夜、父の部屋に通い、そこにある本を片っ端から読んでいった。

 帝国貴族に蔓延る反農思想、その不合理に、彼はとっくに気付いていた。なぜ、このような不合理を維持しなければならないのか……その理由を彼は探していた。

 伯父シドーニウス・フーバーは、この帝国の思想になんの疑問も持っていなかったという。父が認める賢人がそうなのであれば、きっとなにか、理由があるはず。

 ナコルは答えを探し続け……ある本に挟まれた、ページの切れ端を見つける。そこには、彼の求めていた答えに繋がるヒントが……政に対しての驚くほどにドライで、それでいて否定のしようのない論理が書かれていた。


「統治とはなにか? 政とはなにか……?」

 ゆっくりと、問いかけるように辺りを見回して、彼は続ける。

「私は、こう考えます。政治とはすなわち『集団行動』である、と」

 王侯貴族の権威、統治者の権威は、神によって保証された権威。それが中央正教会の論理だ。そして政とは、神から与えられた権威を行使する、神聖で特別な行為――と一般的には捉えられている。

 けれど、ナコルは、端的に言う。

 それは、しょせん『集団行動』に過ぎない、と。

「集団行動、すなわち、人の群れをどのように動かすのか……。集団の心をどのように動かすのか、政とは、そのための手段である、と」

 国とはしょせん、人の群れに過ぎず。国を動かすとは、人の群れを動かすのと同義である。すなわち、それは集団行動である、と。

 その論理に立脚し、彼は続ける。

「では、そのために大切なことはなにか……? 政にとって大切なこと、それは『納得』です」

「納得……?」

 ミーア学園の者たちが、小さくつぶやく。それを認めるように頷き、ナコルは堂々と言った。

「なぜ、女性が帝位を継ぐべきではないか? それは、多くの者の『納得』が得られないからである、と私は考えます。民も貴族も納得しなければ動かない、それでは集団を動かすことはできないからです。まぁ、暴力をもって、言うことを聞かせるという方法も考えられるかもしれませんが、中央正教会の司教さまには、認められない方法でしょう。であれば、政に『納得』は不可欠なものと言えるでしょう」

 肩をすくめつつ、ナコルはユバータ司教のほうを見た。

「神に権威を与えられた、という論理も、また同じことです。神に権威を与えられた統治者から命じられれば、民は納得し、動くのです。言うことを聞かぬ民に兵を差し向け、暴力を以て行動させるのと同様、納得させることで、動かすのです」

 神の権威を、人間の心理によって解釈しようとするそれは、ミーアのような媚びを一切廃したものだった。

 遠くで聞いているミーアが「そんなこと言ったら、ヤバイんじゃないかしら……」などとちょっぴりアワワとしていたが、お構いなしに、ナコルは続ける。

「そして、これは、先ほどの農学にも言えることです。すでに、聖ミーア学園で農学をすることが優れたこと、と結論づいてしまっているかもしれませんが、私は改めて意義を申し上げたい。なぜ、農業に力を入れないのか? それは『納得』が得られないからです。伝統には納得がある。今までそのように生きてきたのだから、と民は素直に聞き、従うのです」

 一息吐いて、ナコルは聖ミーア学園の生徒たちに目を向けた。

「なるほど、聖ミーア学園で農学をするのは理解できます。合理的なのでしょう。が、人は、理によってのみ生きてはいない」

 断言し、さらに畳みかける。

「そして、納得は心の安定にもつながる。民を安んじて治めるべし、とする神聖典の教えとも矛盾しない。今までと同じであるということは、安心に繋がるし、変わっていくということには、どうしても不安が付きまとう。できあがった文化は一つの秩序であり、その秩序を変える、壊すということは、人心を乱れさせるのです。ゆえに、女性が帝位を継ぐべきではない」

 そうして、ナコルの言葉は終わった。

 それは、聖ミーア学園の生徒たちを圧倒するに足る、力のあるもので……。

 その場を静寂が支配しかけた……、まさに、その瞬間だった!

 スゥっと手を挙げ……ドミニク・ベルマンが静かに口を開いた。

「ゆえに……ゆえにこそ……私は作ったのです。ミーア姫殿下の顔を描いた、小麦畑アートを!」

「………………はぇ?」

 どこかで誰かの、ちょっぴーりお間抜けな声が聞こえたような気がしなくはなかったが、誰も気にする者はいなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ナコルくん可愛いのです!父や祖父の教えを受け継ぎ伝統を守らんとする帝国への忠義心厚い真面目な堅物君なのです!そしてパパ大好きで褒めて欲しいし堂々としてほしいって言うファザコンなのもパパに似…
[良い点] >>政に対しての驚くほどにドライで、それでいて否定のしようのない論理が書かれていた。 出所を考えると、前フーバー子爵は将来誰かが反農思想に異を唱える事を想定していたかのような反論ですね。…
[良い点] 小麦畑アートがここで活きると!?あまりに予想外で不覚にもミーアと同じ「はぇ?」という感想しか浮かばなかった… [一言] ナコル君の言うことにも一理ある…けど、その内容は奇しくも、いつぞやの…
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