第百二十三話 ヨハンナ・エトワ・ブルームーン、震える……!
ヨハンナ・エトワ・ブルームーンは……感情の高ぶりに打ち震えていた!
それを抑えつけるためにこぶしを握り締めるが、力がこもりすぎて、それも、ぶるぶる震えていた。抑えきれなかった……。
それほどに、彼女の感情は高ぶっていたのだ……怒りに……否! 歓喜に、である!
そうなのだ、ミーアの言葉はこの上ないほどに、ヨハンナの胸に突き刺さっていたのだ。それは、あの騎馬王国の者たちがミーアから受けたのと同じぐらいには、深く、ふかぁーく、突き刺さってしまっていたのだ!
けれど、それは仕方のないことなのかもしれない。
なにしろ、ミーアの口にした言葉は、ヨハンナが聞きたかったもの、ミーアが見せた帝国像は、ヨハンナがずっと見たかったもの、そして、ミーアの言葉はずっとずっとヨハンナが欲していたものに他ならないのだから。
ミーアは、ヨハンナが長年抱えていた違和感の正体を、まさに、白日の下へと晒しだしたのだ。ここがどこであれ……仮にここが帝国であれ、海外の国であれ……おかしいものは、おかしいのだ。
ヨハンナの心の変遷は、レアと大体同じようなものだった。
当初は「これでは、ミーアとグロワールリュンヌの学生の討論会になるだろう」とツッコミを入れそうになるも、ミーアの考えを見るために、あえて黙っていた。
フーバー子爵にもできる限り、様子見するようにとの指示を出していた。
そうして展開されたものこそが、ミーアの描く国家観、あるいは、帝国の将来像にまつわるものであった。
――ああ……そうじゃ。あれこそが、まさに皇帝としての器。
ミーアの見せる帝国の姿、それはヨハンナの持つ理想像に合致するものだった。否、それ以上のものだった。
――まさに、パトリシアさまと同じ叡智の煌めき……。
なぁんてことを思っているが、もしもパティがそれを見たら、たぶん、いやぁな顔をすることだろう……。
『いや、さすがにその期待に応えるのは無理……』
と言いたくなるほどに、高い評価であったからだ。
――昨日の、みなで踊り舞う姿も……パトリシアさまにお見せしたかった。今日のご立派な姿を、アデラにも見せたかった。
ヨハンナは感動に目を潤ませながら、しみじみと思う。
――さすがは、パトリシアさまの血筋。アデラの血筋も入っているのだろうが……つくづくマティアス陛下に似なくって良かった!
……マティアスは泣いていい! ……が、たぶん、泣かずに「もっともである! アデラに似て良かった!」とか言いそうではあるが。まぁ、それはさておき。
ヨハンナは静かに目を閉じ、じっと黙想してから……小さく息を吐く。
――だが、だからこそ、妾は声を上げなければならぬ。ミーアさまに皇帝としての器を認めればこそ……。
胸の中に、固い決意があった。パトリシアからかけられた言葉、それは、彼女の中で、ずっと守るべき言葉としてとどまり続けたもの。絶対の規範ともいうべきもの。
帝国貴族の伝統を守り、パトリシアの息子のマティアスを支え、孫娘ミーアを守り奉ること……。これまでの彼女の人生は、そのためにこそあったのだ。
だからこそ、簡単には譲れないものがあった。譲るのだとすれば、それに値するものを見せてもらわなければならなかった。
――妾の浅はかなる懸念など、軽々と吹き飛ばすぐらいでなければ、皇帝の地位に就いても苦労するだけ。パトリシアさまのご懸念が当たる形になってしまうやもしれぬ。それはまさに最悪の事態じゃ。が……逆に、妾を納得させた、その暁には……。
決然と立ち上がり、ヨハンナは口を開いた。
「ティアムーン帝国の最高位……皇帝の地位を女が務めることを是とするか、非とするか……。これをぜひ、論じてもらいたい」
「なっ! よ、ヨハンナさま! いったい何を!? そのような恐れ多いことを……」
フーバー子爵が慌てた様子で声を上げるが、ヨハンナは涼しげな顔で微笑む。
「なに、せっかく妾たちでテーマを設定できるのじゃ。揺らぐことのなき、帝国の伝統に関するものにするのは当然のことであろ? 最初のテーマはあちらに有利なものを設定したのじゃ。今度はこちらの番ということじゃ」
ヨハンナは鋭い視線をミーアのほうに向けた。
――それに、もしも、ここで納得のいく答えが出せないというのであれば、妾は変わらずに済む。パトリシアさまの御言葉に従い、アデラの娘を守っていけばよいだけじゃ。
ヨハンナにもまた考えがあった。
もしも、このテーマで女帝の地位が認められないという結論が出たのであれば、それはそれで構わないのだ。ヨハンナが納得いくような、満足のいく答えを出せないというのなら、当初の考え通り、パトリシアの言葉を守って女帝に反対すればよいだけのこと。
今回の討論会を利用して、ミーアの道を阻むこともできる。聖ミーア学園という、ミーアのお膝元の学生たちですら、女帝の地位を認められないとするならば、それはミーアにとってダメージとなるだろう。
ヨハンナは穏やかな顔でミーアを見つめる。
――さぁ、ミーア姫殿下……。妾を納得させてみよ。
挑むように……期待を込めて、視線をぶつけるヨハンナであった。




