第百二十話 ミーアとシオン、見解の一致を見る!
「話すといっても、ここではなんだな……。とりあえず、館の中で話そうか」
そういうランベールの後について、ミーアたちは館に足を踏み入れた。
「さぁ、どうぞ……といっても、私の家ではないけどね」
余裕綽々に微笑むランベールは、まるで、どこぞの貴族様のような優雅な足取りで進んでいく。
「確か、この奥が執務室だったはずだが……」
立派な扉を開いた先、目の前に広がったのは都市長の館に恥じぬ、豪華な部屋だった。
天井には簡易なものながら、シャンデリアが釣り下がっていた。
透明度の高い水晶は、外からの明かりを受けて、きらきらと輝きを放っていた。
「ふふ、私たちから税をふんだくっておきながら、勝手なものだね」
呆れた様子で肩をすくめてから、ランベールは、大股に執務机のほうに向かうと、傲慢にも都市長の椅子に腰かけた。
「金はかかっているのだろうけど、あまり座り心地がいいものじゃないな」
「兄さん! いい加減にして。こんなことして、なんになるっていうの!」
「黙りなさい、リンシャ。女であるお前と政治について話すつもりはないよ。無駄なことだ」
ランベールは小馬鹿にした様子でリンシャのほうに目を向ける。
――そういえば、レムノ王国では、男尊女卑の思想が浸透してるんでしたっけ。
ミーアの中で、ランベールの評価が急落した。
まぁ、もともと高くもなかったが……。
「私が興味があるのは、むしろそちらの方たちのほうでね」
ランベールはミーアとシオンの顔を順番に見つめてから、柔らかな笑みを浮かべた。
「とりあえず、くつろいでくれ。今、お茶菓子でも用意させよう」
――まぁ! お茶菓子! この方、なかなか気が利きますわね!
ミーアの中で、ランベールの好感度が、ちょっぴりアップした。アベルの兄のなんとかと言う王子よりは、上位に食い込んできた!
ちなみに、話に聞いた金剛歩兵団よりは下である。
ミーアは大男が好きなのだ。
「お気遣いはありがたいが……、あまりゆっくりもしていられないのだろう? 話を聞かせてもらおうか」
シオンは、接客用のソファに座ることなく、ランベールをにらみつける。その立ち居振る舞いには微塵も隙は無い。
ちなみにミーアの方はといえば、すでにソファに座っていた。背もたれにだらーっと寄りかかり、すっかりくつろいでいる!
けれど、お茶菓子が来るのを見逃さぬように鋭さを増した視線だけは、シオンと同じように微塵も隙は無かった。
「おお、素晴らしい迫力だ。さすがはシオン・ソール・サンクランド殿下」
ランベールは無邪気に拍手をしながら、何気ない口調で言った。
はたで聞いていたリンシャなどは驚愕で目を見開いているが、当人は落ち着いたものだった。
「しかし、大国の王子が身一つで乗り込んでくるとは、噂に違わぬ蛮勇だ」
「気づいていたのか」
「もちろんだとも。そうでなければ、帯剣を許したままここに案内したりはしないさ」
ランベールは変わらずにくつろいだ様子で座っている。
「なるほど。てっきり子どもだからと馬鹿にされているのかと思っていた」
シオンは剣の柄に軽く触れ、鋭い視線でランベールを射抜いた。
「それで? 革命を邪魔するかもしれないと言われている俺たちを案内した理由は? 敵になるかもしれない俺たちに武器を持たせたままで懐深くに招き入れて、貴殿に何の得があるのだろうか?」
「無論、理由はあるよ。正直なところ我々は君の国の助けを期待しているんだ、サンクランド王国王子。なにしろ、私たちだけでは、いかにも戦力不足だからね」
「簡単に言わないでもらいたいな。軍隊を動かすのは国の大事だ」
「これは……、正義と公正を重んじるシオン殿下らしからぬ物言いだ。この国の有様を見て、何も思うところはないと? 民のためを思う良識ある政治家が獄に繋がれ、民には重税が課される。横暴な王族のありようを見過ごすというのかね?」
実際のところ、民の困窮自体は、シオンは見ていない。
けれど、諫言を呈してくれた忠臣を牢につないだとあれば、それは確かに見過ごすことはできないことだった。
「仮に我が国が反乱軍に味方するとして、君たちが、それまで持ちこたえられる保証はないと思うが……」
シオンの言葉に、ランベールはにんまりと笑みを浮かべた。
「ここは王都とドノヴァン伯爵領との中間地点に位置している。わかるかい? つまり……」
「金剛歩兵団と王都を分断するつもりか。兵站を叩こうということだな」
腕組みしつつ、考え込むシオン。
もちろんここは敵国ではなく、レムノ王国の中だ。
王都との間を分断したとて、周囲から補給を受けることは可能だ。されど、その手配には時間がかかる。一時的な混乱と、兵の動揺は避けられないはずだ。
それをも見込んで、この町で騒乱を起こしたとするなら……。
――烏合の衆かと思ったが、そうでもないのか?
シオンの脳裏に警鐘が鳴る。
――扇動者か……。まだ何とも言えないが、あなどれない男のようだな。
シオンは、ランベールに対する警戒を一つ上げた。
一方ミーアは、
――まぁ! クッキー! それも細工が細かいですわっ!
出されたお茶菓子に、内心で喝采を送っていた。
なにしろ待望の甘いものである。有無を言わさず口に入れ、とろけるような甘味に思わずうっとりしてしまう。
ひとしきりクッキーの出来の良さに感銘を受けながら、ミーアはランベールの方を見やった。
――この方……、なかなかやりますわね。あなどれませんわ!
奇しくも、二人の見解は一致を見たのであった。