第百二十話 紅茶を飲みつつ、考えて……
「それは申し訳ないことをしましたわ。つい興味がある事柄でしたので、自分の意見を口にしてしまいましたの」
フーバー子爵の指摘を受け、ミーアはちょっぴり反省した。
――ああ、いけませんわね。ついつい、口を挟み過ぎてしまったみたいですわ。今回の主役は学生たちですし……。少し控えなければ……。
そうして、話をミーア学園の学生に譲ってから、ミーアは目の前のお茶に集中した。
上等な紅茶と共に、目の前に出されたのは……美味しそうなケーキだったっ!
わぁっ! と内心で声を上げつつ、ミーアは早速フォークを手に取る。いや、取ろうとした……。
けれど、そこでミーアはハッとする。
ススッと視線を動かす、と……アンヌが実に心配そうな顔で見つめていた。ギュッとスカートを握りしめて、真っ直ぐにミーアに視線を向けてくる。
――ここで好き放題にケーキを食べてしまっては、今朝の運動が無駄になってしまうかもしれませんわ。それに、アンヌの心遣いを無碍にすることになるかも……。
ミーアは小さく息を吐き、フォークを置こうとした……置こうとしたのだ! しかし、そこで、驚愕の事実に気付く!
――て、手が、動きませんわ! こっ、これはいったい!
すわ毒薬でも飲まされたか? などと思うも、すぐに違うと気付く。
――わたくしの身体が……この美味しそうなケーキを欲している。わたくしの理性に逆らって動こうとしているというんですの? はっ! ということは、わたくしが気付かぬうちに食べ物が消えている現象も、わたくしの身体が勝手に動いたということ? この体がわたくしに逆らっているということですの!?
などと……愉快なことを考えつつ、ミーアは首を振り、
「美味しいお茶菓子を出されれば、食べるのが当たり前。それが自然というもの……それを食べないのは不自然ともいえる」
思わずつぶやいてしまう。そうなのだ、目の前にケーキがあれば食べるのが当然というものなのだ。それは、ちょうど、手を放したフォークが下に落ちるのと同じようなもの。
食べるのが自然。食べないのは不自然。その不自然をするためには……。
「それを、実現しようとするには、意志の力が必要……」
うぐぐっと右の手を左の手で押さえ、意志の力を総動員。ケーキから全力で意識を逸らしつつ、なんとか、紅茶のほうに意識を向ける。
ミルクたっぷりの紅茶には、当然、砂糖は入っていないが……仕方ない。これで我慢!
ミーアは紅茶を一すすり、ふぅーっとため息を吐いたところで……。
「この帝国がより栄え、富むための方法、最も単純に、それを行う方法がある。にもかかわらず、それをしないのはひどく不自然なこと」
なにやら、グロワールリュンヌの学生、ヤーデンが驚愕の表情を浮かべていた。
――はて、ヤーデンさん……。どうかしたのかしら?
不思議に思いつつ、成り行きを見守っていると……。
「そして、その不自然さは偶然に生まれたものではなく……何者かの意志によってもたらされたもの……?」
「馬鹿な……。つまり、何者かが悪意を持って、この帝国の繁栄を阻害しようとしている、と……? いや、そんなことが……」
なにやら、困惑の表情を浮かべるグロワールリュンヌの学生たち。それを見て、ミーアも、はて? と小首を傾げる。傾げつつも……、
「ミーア姫殿下! 要するにおっしゃりたいのはそういうことではないのですか? 何者かが、悪意を持って、帝国貴族の認識を変えようとしているのだ、と……」
思わぬ質問が飛んできた。
「はぇ……?」
思わずヘンテコな声が出るも、瞬間に察する! これは、なにか、流れが来ている気がするぞ! っと。
即座に首の動きを修正、深々と頷くムーブを取りつつも、
「い……。まぁ、その……そういう感じですわ」
それから、紅茶を一口。ゆっくり、じっくり飲んで、時間稼ぎをする。
――ヤーデンさんの言葉を、思い出す必要がございますわ。帝国がより栄えるために農地を活用すればいいのに、それをしないのはひどく不自然とか……そんな感じのことを言ってましたわね、そして、その不自然が起こるには、何者かの意志の介入が必要、と。
幸い、ミーアがつい先ほど考えていた『美味しそうなケーキを食する必然性に関する哲学的考察』と同じようなことを言っていたため、すぐに理解することができた。
そうして、ミーアは気付く。
――あら? これ、もしかして、初代皇帝を上手いこと炙り出すことができるんじゃ?
ミーア学園の学生たちによって証明されつつある、農学の有用性。農地活用の合理性。にもかかわらず、それが今まで疎外されてきた不自然性。
そして、その不自然に、何者かの悪意が絡んだ可能性……!
グロワールリュンヌの学生たちは、貴族の常識に囚われがちではあっても、愚かではない。それを阻害する要素が多くあるだけで、合理的な思考ができないわけではないのだ。
ゆえに、彼らは辿り着いた。
初代皇帝の真実に繋がりそうな推論へと。
けれど……ミーアは、もう一度、紅茶をすすりつつ、考える。
――その悪意を持った何者かを初代皇帝である、と断定してしまっても良いものかしら……?
懸念点はそこである。下手に初代皇帝が犯人だったと言ってしまえば、受け入れられない者もいるだろうし、なにより……。
――それって、わたくしたち、皇帝一族の責任に繋がりかねないかもしれませんし……。
お前らのせいで、帝国が豊かにならなかったんだぞ、ふざけんな! などと言われるような事態は避けたいところである。であれば……。
ミーアは静かに頷いて、みなの顔を見つめて。
「そう、何者か……この帝国に悪意を持った者が、農業に対する軽蔑の思想を過去に取り入れた。帝国貴族の思想は歪められてしまった。わたくしは、そう考えておりますわ」
キリリッとした顔で言い切るミーア。
とりあえず、未知の仮想敵を登場させることに決めたミーアであった。




