第百十八話 ミーア姫、気持ちよく正論を振りかざす!
ミーアの無邪気を装った質問に、グロワールリュンヌの学生たちは戸惑った。
みなが、さりげなく互いの顔を見合わせて、どう答えたものか、と悩んでいる様子だった。
それを見たミーアは、思わず内心でほくそ笑む。
――まぁ、そう簡単ではございませんわよね。画期的な産業など、そうそう思い付きませんし。
外貨が獲得できるような画期的な産業があるならいいが、実際にはそうそう簡単に思いつけるはずもなし。あの革命期に、ミーア自身が考え、考え、考え抜いても、まぁったく思いつかなかったのだ。
そう簡単に思いつかれてたまるか! という感じなのである。
まぁ、実際のところ、ミーアが思いつかないからと言って、他の者たちまで思いつかないかといったら、そんなことはないはずなのだが……。
それでも、これまでの中央貴族たちの誰もが知恵を絞った末のこの状況なのだ。
歴史的に、さまざまな可能性が実行されてきたうえで、国の状況をルードヴィッヒは評したのだ。
「帝国の問題は、入ってくるお金よりも出ていくお金のほうが多いことだ」と。
ゆえに……。
「例えば、ええと……き、絹織物とかはいかがでしょうか? ドレス用の素晴らしい生地を……」
口火を切ったのは、今まで黙っていた別の男子生徒だった。
「ほう……我が母アデライードの実家、コティヤール領のライバルに立候補する……っと?」
その言葉に、鋭く目を輝かせたのはミーア……だけではなかった。その後ろの席に座り、ジッと話を聞いている皇帝……マティアス・ルーナ・ティアムーンが、実になんとも鋭い目で見つめていた!
それに気付いた男子生徒は、ひぃっと悲鳴を上げて、うつむいてしまう。そこへ、ミーアは追撃!
「実際に、帝国内にもう一つ、布製品の根拠地ができるのは良いことかもしれませんけれど。しかし、コティヤール領だとて、農地をすべて潰してそこを布職人の家だとか、養蚕業に使ったりはしておりませんわ」
きょとん、と頬に人差し指を当てて、ミーアは言った。
「それに、あまり大量に作ると、値段が落ちて、却ってよくないという考え方もあります」
補足するようにセリアが続く。
――なるほど、小麦が手に入らないと値段が高くなる、その反対ですわね……。
納得の頷きを見せるミーアの目の前で、今度は別のグロワールリュンヌの学生が口を開いた。
「では、鉄などはいかがでしょうか? 製鉄業を盛り上げるために、土地を有効活用すれば……。土臭い農業などに頼らずとも……」
「あの……」
その時だ。遠慮がちに手を挙げる少年がいた。
ミーア学園の生徒として参加していたエシャールであった。
美貌の少年王子を見て、グロワールリュンヌの女子学生たちが、色めき立ち……! 次の瞬間、なにやら、恐ろしい気配が膨れ上がるのを、ミーアは感じる!
思わず、辺りをキョロキョロしたミーアは、直後、見つけた。
弟の様子を心配そうに見守るシオンと、その隣のティオーナ……そのさらに隣! 女子生徒たちに、ギンッと鋭い視線を向ける、エメラルダの姿を……。
――って、別に憧れの視線ぐらい向けたっていいんじゃないかしら? エメラルダさん、なかなかに大人げない……。
などと呆れるミーア。
一方で、エメラルダの弟、ヤーデンも姉の様子にいち早く気付いたらしく……、やれやれ、と呆れ顔をしつつも、グロワールリュンヌの女子学生たちを肘で突いた。それで、エメラルダの存在に気付いたのか、女子たちは一斉にエシャールから目を逸らした。
そぉんな外野の様子など気にせず、エシャールは言った。
「私は、あまり帝国内の事情に詳しくはないのですが、帝国内に鉄鉱石の産出する鉄山はあるのでしょうか?」
「……へ?」
「製鉄業は有力な産業だと思います。サンクランド王国内にもいくつか、鉄を産出する山はあり、そこは確かに、鉱山業の町として栄えています。しかし、それが成立するためには、まず鉄山がなければいけないと思うのですが……」
エシャールの素朴な疑問に、製鉄業を提案した少年は、ぽっかーんと口を開ける。
「いや、まぁ、鉄山はもちろんありますが……」
と言って、彼は、しまった、という顔をする。話しを聞いていたヤーデンも、舌打ちしかねない険しい顔をする。
なにしろ、帝国内の鉱山は、概ね四大公爵家とその係累によって占められているからだ。
最大の鉄山を有する地は皇帝直轄領にあたり、双璧を成す鉱山を所有するのはブルームーン家だったりもして……。
その権益を侵そうとするのは、いささかリスクのある発言と言えるわけで……。
「それに……」
そんな空気を察したのか、エシャールは冗談めかした口調で、
「土臭いのが嫌ならば、鉱山労働者も同じではありませんか? あれも土にまみれてする仕事でしょうし」
ミーアもすかさず、それに乗り……。
「ふふふ、それもそうですわね。それに臭いを云々するならば、馬や動物を飼うのもダメかもしれませんわね。馬は可愛いですけれど、生き物は臭いますものね。土臭いのは駄目で、獣臭いのは良いというのは……個人の好みの問題になるのではないかしら?」
ついでに、牧畜の可能性についても軽くけん制しておく。
馬好きミーアの発言を受けて、グロワールリュンヌの学生たちは、ぐぬ、っと言葉を呑み込んだ。
「具体的なことは今は思い浮かびませんが、将来的に、農業より価値のある素晴らしい物に置き換えていけばよいと……」
っと、ナコルが立て直しを図るも……。
「それならば、今現在、土地を遊ばせておくのもなんですし、農地として活用すればよろしいのではないかしら?」
否定のしようのない正論で、ミーアはぶん殴りに行く!
それから、ミーアは穏やかな顔でそっと目を閉じ……。
「わたくしは、なにも、鉱山を閉鎖して小麦畑を作れ、などと言うことは申しませんわ。村の一つ二つを潰し、人々の家を潰してそこを畑にしようなどとは申しませんし……」
それから、ミーアはチラリとワグルと、ティオーナの隣で話を聞いていたリオラのほうに目を向けてから……。
「当然のことながら、無闇に森を切り開いて、そこを畑にしろ、とも申しませんわ。なにしろ、森には森の幸があり、鉱山には鉱山の幸があるものですし」
そこで、ミーアは肩をすくめて、
「わたくしが思うのはただ一つ。農業に適した土地があるのだとすれば、そこは農地にしてしまうのが良いと思っているだけですわ。そして、この肥沃なる三日月地帯は、農地に適した土地。才なき者すら大いなる収穫を得られる土地。ならば、この帝国で農業について教えることこそが、理に適ったことと言えるのではないかしら?」
それから、悪戯っぽい笑みを浮かべた。