第百十話 皇女ミーアの放蕩祭り Sプニッツァの祭典
さて、ミーアはテーブルからテーブルへ。無抵抗に流されていた。
ティオーナたちが作ったサラダをお皿にとり、葉物野菜で口の中を漱ぐ。酸味の強いドレッシングのかかったサラダは、プニッツァの濃厚な味をスッキリさせ、まるでまだ一枚も食べていないかのような新鮮な気持ちにさせてくれた。
いや、本当はまだ一枚も食べてないのでは? と軽く錯覚しかけるミーアである。
ついでに、静海の森で採れるという、月光無花果のドライフルーツを摘まみ……ふむ! 甘い物で味変も良いものですわね! なぁんて思いつつ、華麗にスキップ&ステップ。さりげなく運動し、消費することを忘れないミーアである。
途中、プニッツァや小麦に関する受け売りをドヤァ顔でゲストたちに披露して、ちょっぴり気分よくなりつつも、次のお料理へ。
ダンス? そんなのは、後、後、後! である。
なにせ、プニッツァは焼き立てが美味しいのだ。一番、美味しい瞬間を逃すなど、愚の骨頂。まして、本日はカロリーを気にしなくても良い日だ。食べた分、ダンスをすれば、すべてが帳消しになる……すべてが許された日なのだ。
いや、そうだっただろうか……?
不意に、ミーアの鼻がひくひくと動いた。その嗅覚が、敏感に甘い香りを捉えた!
「おお……出ましたわね、甘いプニッツァ! デザートにはまだ早いと思いますけれど……」
そうしてミーアが流れ着いたのは、フルーツがふんだんにのった、あまぁいプニッツァのところだった。
赤い宝玉のような、艶やかな赤月チェリー、青い宝玉のような青月ベリー、その上から、クリームソースがかけられている。
「ふふふ、これは実にとても美味しそうですわ!」
ミーア、早速、その場で丸いプニッツァカッターを手に取り……ふと、そこで自分に向く視線に気付く。
はて……? と周囲を見回せば、ジーっと甘いプニッツァを見つめる、小さな女の子がいた。
仮面をつけていてもわかる、明らかな幼さ。おそらくは、セントノエル特別初等部の子どもだろう。どうやら、プニッツァを食べたいけれど、手を伸ばす勇気が出ないらしい。そわそわ、とミーアのほうに目を向けては、なにか言いたげに口をもにゅもにゅさせている。
「ふむ……」
ミーアは、手元のプニッツァカッターに目を落とすと、それを素早く動かした! 淀みのないその姿は、さながら達人のごとく、甘いプニッツァを綺麗に切り分けていく。
そうして、お皿を二つ用意して一切れずつのせて、その二つを見比べてから……。
「どうぞ、遠慮しなくってもよろしいんですのよ?」
なんと! 大きいほうの一切れがのった皿を優しく少女に渡した!
そうなのだ、今のミーアは……寛大な人なのだ。
なにしろ、今日はプニッツァのお替り自由の日なのだ(ミーアの中では)
いくらでもお替りができる状況においては、大きめのほうを子どもに譲って笑顔でいられる程度の余裕は、ミーアは持ち合わせているのだ。
「あっ……、ありがとう、ございます」
遠慮がちにお皿を受け取った少女に、ニッコリ微笑んで答えてから、ミーアは自らの甘いプニッツァを手に取る。
トロリとしたソースがこぼれ落ちないように気をつけつつ、生地を急いで口元へ。パリリッとプニッツァ生地が割れる。同時に口の中に甘いソースが広がった。ミルクベースのソースは、緑月ミカンのジャムの酸味と合わさり、爽やかな味を口の中に残した。
「ふふふ、これは、素晴らしいお味ですわ!」
「すごくおいしい!」
少女のほうも、どうやら気に入ってくれたらしい。ミーアはニッコニコと満足げな笑みを浮かべて、
「あっちにある馬形プニッツァもとても良いお味ですわよ? 甘いものばかりでなく、しょっぱいものも食べて、味変することが美味しく食べるポイントですわ」
きちんとキノコを使った体に良いプニッツァを勧め、子どもの健康にも気を使える、食育キノコ聖人ミーアであった。
「あら……?」
っと、そこで、ミーアは再び視線を感じた。それも、今度の視線は少女のものよりも強く、鋭い感じがする。
場所は……少し離れた位置だ。
いったい誰が……? とそちらに目を向けて――見つけた!
こちらにジィッと心配そうな視線を向けている自らのメイドの姿を!
まるで祈りを捧げるかのように両手を組んで、ハラハラした顔で、ミーアを見つめているアンヌ。
ミーアは、ふと、自らのお皿の上に視線を落とした。そこには、いつの間にか、新たにお替りとして取り分けた、スイートプニッツァがのっていた!!
――ああ、アンヌ……わたくしが食べ過ぎないか、心配してくれておりますのね。
ミーアは、目頭が熱くなるのを感じる。
思えば……前の時間軸。料理長をクビにして以来、ミーアの食事事情や健康を気遣ってくれるものはいなかった。料理長のように、野菜を食べるよう勧めてくれる人も、アンヌのように諫言を呈してくれる人もいなかった。
ミーアは……アンヌのほうに安心させるように頷いてみせた。
――大丈夫ですわ、アンヌ。食べた分は、ちゃんと運動して消費いたしますから。
それから……お皿の上のスイートプニッツァをチラと見てから、その視線を切って――ひょい、っと掴んでパクっと食べた! 熟練メイドでなければ見逃してしまいそうな、見事なひょいパクだった!
……まぁ、アンヌは見逃していなかったが。
それから誤魔化すように、ミーアは素知らぬ顔で手を拭いて、ついでに口の周りを拭いてから、ああっ! と悲鳴を上げるように口を開けたアンヌを安心させるように、力強く頷いて……。
「さっ、それでは、ダンスの時間にいたしましょうか」
気合の入った声でつぶやきとともに、ミーアは食事が並べられたテーブル群から離れた。