第百八話 青い瞳の……
――敵ではない、ね……。
ヤーデンは静かに、今聞いたばかりのミーアの言葉について考えていたが。
――まぁ……綺麗事だよな……。
そう結論づける。
普通に考えれば、そうなのだろう。けれど、なぜだろう? ミーアの言葉は、どこかそのまま信じてしまいそうな……そんな響きがあった。
「さ、メインディッシュが来ましたわよ!」
不意に、ミーアの明るい声が響いた。と同時に、ふわり、とチーズの焦げた芳ばしい香りが漂ってきた。
その、なんとも言えない美味そうな香りに、思わずお腹がくぅっと鳴る。
――おっと、そう言えば、ちょうど飯時だったな……。
大貴族とはいえ、旅の途上では、そこまで豪勢な食事ができるわけではないわけで……。自然、興味はパーティーの料理のほうへと向いていき……。
「あれは……? なんだろう?」
運ばれてきた料理に、視線が釘付けになる。
それは、巨大な皿の上に乗せられた平たいパン……いや、パイのようなものだろうか?
その形は、なんと、馬の形をしていた。丸みを帯びた、どことなく間抜けな顔が、実になんとも……。
「……カワイイ」
ふと、そんなつぶやきが聞こえてくる。見ると、おそらくカルラと思しき少女が、それを見つめていた。
平たい馬形の上にはたっぷりのチーズがかけられていた。炙ったチーズはちょうど良い感じに、とろぉりと溶けており、ところどころについた焦げ目が実になんとも良い匂いを漂わせている。とても美味しそうだ。
さらに、馬の目の部分は、なぜか青かった。
……なぜか! さりげなく! 青かったっ!
「あれ? 目が青い?」
疑問の声を上げるカルラに、ミーアは嬉しそうな顔で微笑んで……。
「ふふふ、気付きましたわね。このお料理は、聖ミーア学園で開発した特製馬形プニッツァと言いますわ。そして、この目の部分、なんと、キノコで作ってありますの! ルールー族の秘伝の技を使ったキノコで……」
などと、ニッコニコ顔で料理の解説をするミーアである。
「わたくしもかかわっているのですけど、実に不可思議な作り方で……」
「え? これって、ミーア姫殿下が御自らお作りになったということですか?」
ギョッとした様子で言うカルラに、ミーアは誇らしげに胸を張り、
「ええ、もちろんですわ。みなさんを歓迎するために、腕を振るわせていただけましたわ」
そう言うと……なぜだろう、カルラの口元が微妙に引きつったように見えた。
「さ、一緒に食べましょうか」
そんなことを完全に無視して、ミーアはプニッツァを切るための丸いナイフを手に取った。刃の部分が回転するのこぎりのようになっているものだ。
ミーアは、馬形プニッツァをサク、サクッと切っていく。よく火の通った生地が、ぱり、ぱりり、っと乾いた音を立てる。切り離したプニッツァから、みょーんっとチーズが伸びて、実になんとも美味しそうだ。
手早く、自らのお皿に馬プニッツァの頭の部分を載せたミーア……であったが、しばし迷った様子を見せてから、
「一番美味しいところは、やはり、ゲストに差し上げないといけませんわね」
そう言って、ニッコリ微笑んでから、そのお皿をヤーデンとカルラの前に差し出してきた!
「どうぞ、この美味しいところはお譲りしますわ。この一番美味しそうなところは」
一番、美味しそうなところ……すなわち、青いキノコがのっけられた部分であるっ!
――実に美味しそうな料理ではあるが……青いキノコか……。
それを見て、ヤーデンはふと冷静になる。先ほどからのスピーチやお料理の美味しそうな匂いにつられて、少しばかり冷静さを失っていたが……はたして、青い食べ物……というのは大丈夫なのだろうか? それもキノコというのは……。
悩んでいると、隣のカルラが、
「あ、あの、ミーア姫殿下は、シューベルト侯爵令嬢……レティーツィアさまと仲がよろしいとお聞きしましたけど……」
「あら? レティーツィアさんですの? ふふ、そうですわね……確かに、時々、お料理を一緒に研究する間柄ですし、仲は良いほうかと思いますけど……」
「そっ、そうですのね……」
なにやら、カルラが、ゴクリと喉を鳴らした。仮面で顔を隠されてはいるが……見えている頬の部分からは、スゥっと血の気が引いたように見えた。
――どうかしたんだろうか?
「どうかしましたの?」
ヤーデンと同じで、ミーアもまたいつまでも皿を取らないカルラに疑問を抱いたのだろう。
――やれやれ、仕方ないな……。
ヤーデンは、空気を読んで、ミーアから皿を受け取り……。
「それでは、その栄誉は私が……」
それから、彼は一瞬迷って後、手づかみでプニッツァを掴み、パクリ、と一口。
瞬間、口の中に熱さを感じる。トロリ、と舌にまとわりついてくるチーズ、トマトをベースにしたソースの酸味と甘み。さらに、あの青いキノコのシャキシャキ、コリリ、という歯応えが、すべて合わさって、口の中に美味を奏でる。
今までに食べたことのない、それでいて、実に濃厚で素晴らしい味に、思わず……。
「美味い……」
お世辞抜きに、そんな感想がこぼれる。それを聞き、ミーアは口元に笑みを浮かべた。
「ふふふ、当然ですわ。なんと言っても、このお料理は、聖ミーア学園の生徒たちが、グロワールリュンヌ学園の方たちを歓迎するために作ったもの。わたくしも力を尽くしたものですもの。美味しくて当たり前ですわ」
上機嫌に微笑んで、ミーアは自らの分のプニッツァを大きな口でパクリ。はふほふ、と熱そうに口をパクパクさせつつ……。
「ふむ! このキノコとチーズの取り合わせは見事ですわね。火加減も良い感じですわ。この、チーズのカリッカリに焦げたところなど、言葉になりませんわね」
嬉しげな歓声を上げるのだった。