第百四話 準備は整い
さて、明けて翌日、グロワールリュンヌ学園の生徒たちがやってくる当日の午後のこと……。
先行してきた使者によると、本日の午後、グロワールリュンヌの学生はここに到着するらしい。
会場となる場所では、パーティーの準備が進んでいた。当初、学園のグラウンドで行う予定であったのだが……そこに待ったがかかった。
「せっかくですし、例の畑が見える場所でするというのはいかがでしょうか?」
そんな提案をしたのは、学園長ガルヴだった。
「……ああ、なるほど」
ミーア、微妙に苦い顔をするも……。
――あの畑を見ながら食べるというのは、ちょっと味が悪くなりそうではありますけど……いや、しかし、セロやドミニクさんの気持ちを思えばこれは断らないほうが良いかも……? それに、よくよく考えれば、あれは小麦の畑。となれば……。
瞬間、ミーアの脳みそが時間を超える!
ミーアは、これから摂取するであろう未来のプニッツァポイントを消費して、叡智を発揮する! すなわち……。
――わたくしの顔を描いた小麦畑ならば、グロワールリュンヌの学生たちが、下手に馬鹿にできなくて、良いかもしれませんわ!
そのような判断のもと、歓迎パーティーの会場は、畑からほど近い広場に決まった。
そこは、いずれは畑にしようとしていた土地であり、広さは十分に確保できそうだった。
木製のテーブルを並べ、その上に森の幸である料理が並んでいく。
ティオーナを一番槍とした野菜刻み隊による大量のサラダ。リオラを指揮官としたルールー族による巨大な十五面鶏の丸焼き、さらに料理学部の面々が腕を振るったサイドメニューが並ぶ。ちなみに、特別アドバイザーとして、エメラルダのメイドニーナが控えている。
ということで、そちらに関しては問題はないのだが……しかし、目玉であるプニッツァはまだである。
グロワールリュンヌの学生に作りたてを食べさせるためだ。
「ふむ、首尾はどうかしら?」
少々気になり、ミーアはソコに向かった。
学園のグラウンドの端に建てられた、見上げるほどに大きな……石窯の前に!
「これはミーア姫殿下……なにか?」
ササッとキースウッドとサフィアスが寄ってくる。ヤベェのが来たぞ! とばかりの迅速さで。
さらに、その後に、ルードヴィッヒとバルタザルがススッと馳せ参じる。叡智の女神が来てくださったぞ! っとばかりに歓迎の雰囲気を持って。
「わざわざ来ていただき心から感謝いたします、ミーア姫殿下」
「ええ。今回のパーティーの主役はプニッツァですし、やはり気になってしまいまして。しかし……」
ミーアは改めて、石窯を眺める。
「さすがは、お二人ですわね。この石窯、素晴らしいですわ」
この石窯のアイデアは、ルードヴィッヒとバルタザルのアイデアだった。外でプニッツァを焼けるよう、大きな石窯を設計したのだ。ルールー族の全面協力のもと作られた石窯は大変立派なもので、今後、この学校の名物となることだろう。
「ルールー族の方たちのお力添えがあってこそです」
謙遜するルードヴィッヒに、ミーアは微笑みを浮かべる。
「ふふふ、そうですわね。とても助かりましたわ」
腕組みし、ご機嫌に石窯を見ていたミーアであったが、不意に……。
「ふむ……しかし……」
何事か、思いついたような顔で……。
「この大きさがあれば、もしや、等身大の馬パンもいけるのではないかしら……? 以前は、キースウッドさんの妨害によって実現できませんでしたけれど……この大きさならば、入るのでは?」
などというつぶやきを……キースウッドが死んだ魚のような目で見つめていた。
「みっ、ミーア姫殿下……、入るは入ると思うのですが、全体に火が通らないのではないかと……」
代わりにサフィアスが諫言を呈する。
「なるほど、では、火力を強くすれば……」
「いや、だが、それでは表面が焦げてしまうかも……」
「そうじゃな……とすれば、確か、以前見たあのやり方が……」
なぁんて、ルードヴィッヒとバルタザル……さらにいつの間にやら現れたガルヴが、余計な知恵を出し合っていたりしたのだが……。それはともかく。
「ちなみにルードヴィッヒ、演奏隊のほうも準備はできているのかしら?」
「はい。そちらに関しては、ベルマン家のドミニク殿が準備してくださっています」
「ふむ、仮面もすでに配ってありますかしら?」
「すでに、手配済みですわ!」
ずずいっと現れたのは、エメラルダだった。その顔には、特製の仮面がつけられている。そして、その傍らには、なぜか、薔薇の仮面の令嬢が立っていた。
――あらあら、そもそもの発端となっただけあって、ペトラさん、早くもやる気満々ですわね。よっぽど仮面舞踏会が好きなんですわね。
ミーアは、ついついおかしくなってしまって思わず笑みを浮かべる。それから、きりりっと表情を引き締め、
「今回の歓迎パーティーは互いの身分がわからないことが大切ですわ。抜かりなく、全員に仮面が行き渡るようにしておいてくださいましね」
っと、その時だった。
「ミーアさま、グロワールリュンヌのみなさんが到着されたようです」
アンヌが走って来た。
「来ましたわね。それでは、出迎えに行きましょうか」
そう言って、ミーアはビシッと仮面を身に着けた。