第百三話 轡(くつわ)を並べん
――なっ、なんてことだ! ミーア姫殿下……カルラを料理で殺っちまうつもりのようだぞ!
ミーアの言葉に、サフィアス、心底から震える。その、一切の悪意のない笑顔が、ただただ恐ろしい。が……。
――い、いや、だが、そのようなことは、さすがに……。
サフィアスは、じいっとミーアを見つめる。んっ? と小首を傾げるミーアに、再び思い直す。
――ミーア姫殿下は、善良な方だが――その叡智がどのような計算をはじき出すのか、わからないぞ!
慌てて、サフィアスは口を開く。
「ちっ、ちなみに……キースウッド殿はいらっしゃるのでしょうか……?」
救いを求めるように問えば、ミーアは楽しげに笑った。
「あら、やはり仲良しなのですわね。もちろん、キースウッドさんにも参加していただいておりますわ。とても熱意をもって仕事にあたっていただいておりますわ」
「ああ……そうですか。それなら……」
かの正義の国、サンクランドに属する彼ならば滅多なことはしないはず……っと、そう安堵しかけて……違和感!
――いや、いやいやいや……。ミーア姫殿下が、充実した顔をしておられる……実に、満足げな顔をしておられるぞっ!
はたして、キースウッドのストッパーが働いているのに、こんなに、輝かんばかりの笑顔をしているものだろうか? 彼が正常に働いているのであれば、ミーアは思い通りになどできないはず……。このような……思うようにやってやった! という満足感に溢れた顔をするものだろうか!?
芽生えた疑問に危機感を刺激されたサフィアスは、尋ねてみる。
「ちなみに、そのプニッツァなる料理、どのような料理なのでしょうか……?」
「そう……ですわね。それは見てのお楽しみ!」
なぁんて、悪戯っぽい笑みを浮かべるミーアに、イラァッとしかけるも……。
「と言いたいところですけど、ふふふ、わかっておりますわよ。サフィアスさんもキースウッドさんと同じく、お料理好きですものね」
続くミーアの一言に、やっぱりイラァアッとしてしまうのだった!
それをなんとか呑みこんで……。
「え、ええ……そうですね。なにか、お手伝いできることがあればと思いまして……」
「ならば教えて差し上げますけど、薄く伸ばしたパンの上に色々な具材をのせて、チーズでとじたような食べ物ですわ」
「色々な具材……それは、具体的には……?」
「そうですわね。キノコはもちろんですけれど……」
「キノコ……」
確か、ここは静海の森のそばだったはず。キノコは、まぁ、当然、のせるか……などと思っていると……。
「ふふふ、ビックリしますわよ? 目玉は、なんと毒抜きした毒キノコで……」
――毒キノコっ!? それは、本当に毒が抜けてるのか? あの、いわゆる『死ななければ毒とは呼ばない』とかいうトンデモイエロームーン理論で毒抜きされたものなのでは……?
ニッコリとシュトリナの可憐な笑みが頭に思い浮かび、サフィアス、震える。
――こっ、これは、場合によっては早期に撤退もあり得るか……。くぅっ、すっすまん、我が妹よ。そして、母上、どうぞ、ご無事で……。
撤退の判断が非常に早いサフィアスであったが……。
「失礼いたします……おおっ! これは、サフィアス殿!」
部屋にキースウッドが入って来た!
「お、あ、ああ……き、キースウッド殿……これは……」
「ふふふ、お二人はお友だちのようでしたから、気を利かせてお呼びしておきましたの」
シレッとミーアがそんなことを言いやがった!
呆然とするサフィアスの手を両手でギュッと握りしめ、
「よくぞ……よくぞ来てくださった。サフィアス殿」
しみじみとした口調で、キースウッドが言った。彼の嬉しそうな……心底から嬉しそうな笑顔を見て……友の、戦友の、顔を見て……サフィアスは思い出す。
この友が以前、ブルームーン家に助けに来てくれた日のことを……!
彼を残し、逃げることなどできるだろうか?
友を戦場に残し、自分一人が撤退する……? そんなこと、できようはずもない。
「なぁに……ミーア姫殿下が、料理の腕前を振るおうというのだ。俺にも、なにか役割が回ってくるのではないかと思ってね」
引きつった笑みを浮かべつつ、サフィアスは言った。
「それに……グロワールリュンヌの代表には、我が妹も選ばれているらしくてな。母もいることだし……」
「それは……。そうだな、引くわけにはいかない戦いというのは、あるものだ」
腕組みし、うんうん、っと生真面目な顔で頷くキースウッド。
「では、共に、この、災難……」
サフィアスの合流で気が抜けたのだろう。うっかり災難などと言いかけたキースウッドであったが……。
「はて? 災難……?」
きょとんと小首を傾げるミーアに咳払いを一つ。それから、キースウッドは笑みを浮かべ、
「この際……なんにも代えがたい光栄を、二人で享受しましょう……」
「なんにも代えがたい光栄か……ははは、そうだな。そうしたいものだな、アハハハ」
サフィアスもまた、乾いた笑みを浮かべる。
そう……戦友との絆は、時に家族の絆を上回るほどに重いもの……。事ここに至っては、もはや撤退はあり得ない。となれば……。
「それで、そのプニッツァという料理を実際に見てみたいのだが……」
事前にできる限り備えるしかない。
覚悟のキマッた顔をするサフィアスに、キースウッドが感動した様子で頷いた。
「それは……実に心強い」
感動に、声を震わせるキースウッドであった。