第百十八話 ミーア姫、切り替えていく
「たったっ、たいへんだ! えっ?」
どうやら先ほどのもう一人の少年が戻ってきたらしい。
自由になったミーアと、剣を下げたシオンを見て悲鳴を上げた少年は、踵を返してその場から逃げ出そうとしたが……。
「おい、そんなに焦ることはないだろう。少し話につきあってくれ」
呆気なくシオンに殴り倒された。さらに、抜身の剣を突き付けられて、ひやぁっ! っと情けない悲鳴を上げた。
――ちょっとだけ可哀そうですわね……。
かつての自分と同じような醜態を晒す少年に、ミーアはちょっぴり同情しそうになって……、
――あ! でも、こいつ、さっきわたくしに、ジャンプしてみろ、とか言ってたやつですわね。ざまぁみろ! ですわっ!
すぐに気持ちを切り替えた。
切り替えが早いのがミーアの良いところである。
その場に正座させられる少年をニマニマ笑いながら見ていると、その前にリンシャが膝をついた。
「どういうこと? この騒ぎはなに?」
「リンシャ! こりゃいったい、どうなって……」
「いいから、早く答えて」
「あ、ああ……。実は同志たちが決起して、自警団の詰め所を押さえたらしい。武器を奪って、今は都市長の家に向かってる」
「なにそれ? 決行は明後日のはずでしょう? なんでそんなこと……、ジェムのやつの指示なの?」
「いや、お前の兄貴の独断だ。軍と対峙してる同志たちを助けるために、これ以上、待たせることはできないって。広場で支援を募って、殴り込みをかけたんだとか」
「ああ、もう、実に兄さんらしい」
リンシャは頭を抱えて、吐き捨てるように言った。
「それで、被害は?」
「ほとんど戦闘にならなかったって。詰め所にいた守備兵は十人ぐらいだったんだが、広場で数百人規模の民衆を煽動して取り囲ませたらしい。自警団長のやつ、泡食って逃げちまったってよ。しかし、お前の兄貴、相変わらずすげーな」
「ええ、あの人の口の上手さは天才よ。きっと王様にでもなったら、みんな大喜びで税を納めるようになるでしょうね」
はぁあ、っと深いため息を吐いてから、リンシャは言った。
「計画では詰め所を押さえた後は、都市長の館に向かったはずよ。行きましょう」
――はぁ?
ごく当たり前のように行こうとするリンシャにミーアは、思わず呆れる。
――おほほ、なに、この人、わたくしたちがついていくのを前提で言ってるのかしら? そんな危なそうな場所に、このわたくしが行くはずが……。
「やれやれ、それはかなり危険だと思うが……」
横からシオンが同意してくれる。
――ですわよねぇ。
視線を転じてシオンの顔を見たミーアは……、そこに攻撃的な笑みを見つけて、嫌な予感に襲われた。
「だが、どうしても行くというのなら、付き合うぞ」
彼は剣の柄に手を添えて、力強い声で言った。
「え? あ、で、でも……」
いやいやいや、行くとか誰も言ってないし! とミーアが主張する前に、シオンは怪訝そうな顔をしていたが、
「なんだ? なにか間違っていたか……、いや、そうか……」
すぐに納得した様子でうなずいた。
「キースウッドたちのことなら心配しなくってもいい。本当は、早く合流したいところだが、せっかくミーアが作った革命軍の内情を探るチャンスだ」
「い、いえ、わたくしは何も……」
「さぁ、行くわよ。急ぎましょう」
リンシャの声にせかされるようにして、ミーアは立ち上がった。
――これ、もしかして、行くのを断れない流れなんじゃ?
ミーアは察した。すでに、自分が何を言っても、この流れは止められないと。
そうして……、すぐに切り替えた。
――まぁ、シオン王子がいれば、最悪、なんとか守ってくれるんじゃないかしら。こちらには、革命軍のリーダーの妹もいるわけですし、そこまで危険はないかも?
そう……、切り替えが早いのがミーアの良いところである。
それに、気にもなっていたのだ。
先ほど、自らを襲ってきた違和感の正体が……。
「ところで、さっきから気になってたんだが、ジェムっていうのは、誰なんだ?」
道すがら、何気ない口調でシオンが言った。
「革命軍の同志よ。兄さんは酒場で会ったって言ってたけど……」
「そいつが、ミーアを誘拐しろと言ったのか?」
「ええ、革命の邪魔になるからって」
「馬車で襲ってきた連中の仲間か……。しかし」
シオンは、先ほどの少年たちのことを思い出した。
造作もなく一ひねりにできた彼らは、とてもではないが戦闘の訓練を受けたようには見えなかった。
――馬車の連中とは程遠かったが……。
その時だった。
裏路地を抜けたミーアたちの目の前に、水路と船着き場が広がった。
小型ながらも船が何艘もついていて、市場のような光景が広がっていた。
「ああ、先ほどは気づきませんでしたが……。わたくしたちが落ちた川が近くを流れているんですのね」
「そのようだな。交通の要衝ということか……なるほど」
シオンは納得したような声を上げた。
「もしかすると、この町を騒乱の舞台に選んだのがそのジェムという男なのか?」
怪訝そうな顔をするリンシャに、シオンは続ける。
「もしそうだとすると、確かに、攻めるべき場所をきちんと選んでいる気がする。馬車で襲ってきた連中ともイメージが一致するな」
こっそりとキャラ紹介に皇帝陛下を追加しました。
ではまた次回、金曜日にお会いできると嬉しいです。