第九十九話 みんなで食べれば……食べれば?
聖ミーア学園に来て以来、ユバータ司教は自らの心が若返ったような心地がしていた。
そこは、あまりにも理想的、あまりにも楽しい場所であったからだ。
――このような学園で勉強できたら、楽しいのだろうな。それに、もしも、ここで働けたら、きっとやりがいがあるだろう。
改めてそう思う。
聖ミーア学園で行われているのは、まさに生きた教育だった。
孤児たちに生きるための知恵を授けること、農業の改良により飢饉を遠ざけること。
それら、目に見えて人類に貢献する勉学は、学問を志したことがある者であれば、一度は憧れる理想的なものであった。
だからだろうか……ユバータ司教は、まるで学徒に戻ったような、新鮮な、若々しい心持ちになってしまっていたのだ。
この日、ミーアのもとを訪れた時にも、その心は、師の教えをウキウキで聞きに行く弟子のようなものであった。
「ご機嫌よう、ユバータ司教」
ミーアはスカートの裾をちょこんと持ち上げる。
「ご機嫌麗しゅう、ミーア姫殿下」
胸に手を当てて深々と頭を下げてから、早速、ユバータ司教は口を開く。
「プニッツァの開発はいかがでしたか?」
「ふふふ、なかなかに順調でしたわ。いろいろと画期的な物が出来上がるのではないかしら?」
上機嫌に笑うミーアに、ユバータ司教は頷いてから……。
「実は、その件についてのお考えをお聞きしたかったのです」
早速本題に入る。
「ん……? と言いますと……」
「なぜ、プニッツァを歓迎パーティーのメニューに選ばれたのでしょうか?」
「ふむ……美味しいから、という答えでは、不足かしら?」
まるで、言わんとしていることを探るように、ミーアがジッと見つめてくる。
こういった知的な駆け引きは、なかなかに楽しいものであった。ユバータ司教は、ついつい笑みを浮かべつつも、
「確かに、あれは非常に美味しい料理でした。特に平民の子どもたちには、人気が出るでしょう。しかし……それだけが理由でしょうか?」
言外に、貴族の子弟が集まるグロワールリュンヌの学生に出すには、相応しくない料理なのではないか? と言う意味を含めて、問いかける。
ミーア学園の料理学部の目的は、相手国の料理を出すことで、もてなすことにある。相手に合わせ、相手に相応しい物を出すことで、歓迎の意を表すのだ。
にもかかわらず、プニッツァは、ゲストである貴族の子弟に相応しいものではない。手が汚れるし、口の周りも汚れる可能性が高い。
なぜ、あの料理を選んだのか……?
ユバータ司教には、一つの推論があった。
その推論が、はたして正しいのか、どうしても答え合わせをしてみたくなったのだ。
こんなにドキドキするのは、若い頃、師匠の司祭と問答をして以来だった。
――ミーア姫殿下は……一つのプニッツァを貴族と力の弱い孤児が分け合うという状況を作り出したいのではあるまいか……? そして、一つの、同じものを共に食べることで、彼らの心に親愛の情を育てようとしているのではないだろうか。
そして、その状況を成立させるために仮面舞踏会にして、互いに相手の正体をわからないようにしたのだ。
「他に、なにか理由があるのではありませんか?」
ミーアの答えを興味深く、そして、心から楽しみにしながら、彼は待った。
ユバータ司教の問いかけに……ミーアは思わず微笑んだ。
――あら、ふふふ。そんなに興味があるなんて……。ユバータ司教は、よほどプニッツァが気に入ったのですわね。
よくよく見ると、ユバータ司教は、ちょっぴり丸みを帯びた顔をしているような気がする! 思わぬ同好の士(FNYなかま)の出現にミーアは喜んだ。
それから、指を振り振り語り出す。
「なぜプニッツァを出すのか……。それは、決まり切ったことではないかしら?」
そう、ミーアにとってそれは自明のことだった。すなわち、
――一人ではたくさんの味が食べられませんもの。いろいろ味わおうと思うならば、パーティーで出すしかありませんわ。
これである。ゆえに、ミーアは朗々と答える。
「みなで分け合うためですわ」
一つのプニッツァにつき、一つの味。であれば、いろいろな味を食べるためには、その分、口を増やさなければならない。一口だけ食べて、残りは捨てなさい、というやり方を、ミーアは良しとしないのだ。
「みなで分け合う……」
「ええ、その通りですわ」
それに、とミーアは考える。
――一人で食べてもあまり美味しくありませんし、食べた分、運動するのもなかなかに大変ですわ。その点、みなで食べれば怖くはありませんわ。運動だって、みなで一緒にやればよい。わたくしだけがたくさん食べて、ダンスを頑張っているというのは、見た目がよろしくありませんし……。
腕組みし、いかにも真面目なことを考えてます! という顔で、ミーアは頷く。
「それに、せっかくの美味しいものを、わたくしだけが知っているだなんて、もったいないと思いますわ。このお料理を各貴族領で共有できれば、帝国内どこででも食べられるようになりますし……」
どこで歓待を受けても、美味しいプニッツァが食べられる。それは実に理想的なことではないだろうか。
「なるほど……。そのようなお考えが……。どの貴族領でも……。どこででも、誰とでも食べられるように……」
ユバータ司教は、感心した様子で頷くのだった。
ちなみに、ヴェールガの一行が、ミーアの真意(と思われるもの)に気付く少し前のこと……。
先んじて、ミーアの狙いに気付いていた者たちがいた。
言わずもがな、それは、ルードヴィッヒら、ミーアの忠臣たちだった。
「ああ……そうか。つまり、ミーアさまは……あの日の再現をなさろうとされているのだな」
思わずといった様子でつぶやくルードヴィッヒに、ガルヴが頷いてみせた。
「まさか、この目で、あの奇跡の祭りを目の当たりにしようとは思わなんだ……」
「確か、あの頃、師匠はこの学園の設立に躍起になっていたのでしたか……」
「ああ、そうじゃな……。ふふふ、ミーア姫殿下が学園に来てから、見られると思っていなかったことを、次々に目の当たりにしているような気がするよ。長生きするものじゃな」
豊かな髭を撫でながら、学長ガルヴは笑った。
かくて……伝説の祭りは、再現されることになる。
かの「ミーア姫の放蕩祭り」が……。