第九十八話 ただ人と人とが立つこと
シン・プニッツァ開発プロジェクトにて……。
「ふむ、ではこの特選キノコをスライスして、馬の歯を表現する感じで、こう並べて……」
とか。
「甘いプニッツァもアリなのではないかしら? クリームをたっぷり塗って、それにイチゴ……。イチゴはないのかしら? なければ、ベリー系の何か……。あっ、ルビワを運んでくるとかできるかしら……? ペルージャンの、あれは運ぶには難しいんだったかしら……?」
とか。
「ふむ……むしろ、厚みが必要ではないかしら……? こう、三段ぐらいにして……間にたっぷりチーズと具材を挟み込めば食べ応えもあって……ふむっ!」
などと……当初の「健康に良いプニッツァ」なる名目をひょーいっと遠くへ放り投げたアイデアを出しに出し……。「なんだか、いい仕事をしましたわ!」感を出しつつミーアは、調理場を後にした。もうすぐ、ダンスレッスンが始まるということで、しぶしぶ、である。
「さて……パーティーでたっぷり食べるためにも、ダンスを頑張らねばなりませんわね!」
「そうですね。美味しそうなプニッツァがたくさんできそうでしたし……今のうちに運動、頑張りましょう! 頑張れば……大丈夫なはず、たぶん……」
グッと拳を握りしめ励ましてくれるアンヌに笑みを返したところで、不意に小走りに近づいてくる者たちがいた。
「ミーア姫殿下!」
「ん? あら、レアさん。リオネルさんも、どうしましたの?」
ルシーナ家の兄妹を見て、ミーアは首を傾げた。
「もしや、特別初等部の子どもたちになにか……?」
「あ、いえ、そうではなく……」
レアは慌てた様子で首を振ってから、
「討論会の見学は、私たちもできるのか、お聞きしたいと思いまして……」
不安そうな顔で尋ねて来た。
「ああ、そうですわね……」
ミーアは一瞬、考える……。
――ふぅむ、確かに討論会は帝国内のこと。場合によっては、あまり国外の方には明かさないほうが良いと考えることもできるでしょうけれど……それでも、ヴェールガ公国の方の目があったほうが良いですわね。そのほうが帝国貴族の子弟はお行儀よくしているでしょうし。
素早く計算、ミーアはニッコリ笑みを浮かべる。
「それはぜひ、見ていっていただきたいですわ。討論会の前には歓迎ダンスパーティーも行う予定ですからそちらも参加していただけると嬉しいですわ。ああ、そうなると、仮面をいくつか追加発注しておいたほうがよろしいかしら……」
「仮面、ですか……?」
眉をひそめるリオネルに、深々と頷くミーア。
そうなのだ。ミーアにはプニッツァのほかに、もう一つやりたいことがあった。それは……。
「実は、グロワールリュンヌ学園の学生を迎えての歓迎パーティーなのですけど……仮面舞踏会にしてはどうかと思っておりますの」
それは、練習中にペトラを見た時に得た着想だった。そんなミーアの言葉に、レアは驚いた顔をする。
「仮面、舞踏会……ですか?」
対して、リオネルは、不審げに眉をひそめた。
彼の気持ちは、ミーアにも理解できた。
正体を隠しての交流というのは、どこかいかがわしい印象があるためだ。無礼講が極まって、羽目を外し過ぎる者も現れるかもしれない。それは、司教の子である彼らには、許せない乱れだろう。が……。
「ええ、仮面舞踏会ですわ。念のために言っておきますけれど、お酒を出したりはしませんわよ? セントノエルと同じく、清く正しいダンスパーティーにする予定ですわ。仮面舞踏会と聞いて、世間一般でイメージされるような、いかがわしいものではない、ということは断言いたしますわ」
「つまり、悪いことをするために、自らの顔を隠し、身分を隠すのではないと?」
確認するリオネルに、一つ頷いてみせて、
「ええ、それは約束いたしますわ。なぜなら、わたくしが仮面を提案するのはただ一つ。グロワールリュンヌの学生を素直にさせることだからですわ」
「素直にさせる?」
「ええ。もしも彼らが顔を晒してパーティーに参加すれば、どうなるかしら? フーバー子爵やヨハンナさまの手前、きっとミーア学園の生徒や特別初等部の子どもたちにも、酷い態度を取るでしょう。もしもしたくなかったとしても、そうせざるを得ないのですわ」
その言葉に、レアはハッとして、それから顎に手を当てて難しい顔を下。
「なるほど。”帝国貴族はこうあるべき”というくびきから、彼らを解放する、と?」
「ええ、その通りですわ」
スゥっと瞳を閉じ、胸に手を当ててミーアは続ける。
「かつてラフィーナさまは、セントノエルの大浴場にておっしゃいましたわ。一糸をも纏わぬこの場では、王も貴族も民もなく、ただ、人と人とがあるばかり、と。わたくしが求めるのは、まさにそれですわ」
そうなのだ。ミーアは作りたいのだ。
美味しいプニッツァの前に、ただ人と人とが立つという状況を!
――せっかく美味しいお料理が出てきたとしても、ギスギスしてるとか、真っ平ですわ!
まぁ、ミーアならばギスギスしてても、それはそれで美味しく食べられてしまいそうではあるのだが……。それでも、できるものならみんなで楽しく食べたいのだ。
そして、つまらない肩書や家の繋がりから解放されれば、そこにあるのは、ただ純粋に美味しいプニッツァのみで……。必然的に、楽しい雰囲気は生まれようというものだ。
「ラフィーナさまのお言葉を実践する……なるほど。そのような崇高な思惑が仮面舞踏会に……」
感心した様子で頷くリオネルと……。
「貴族の子弟たちと、聖ミーア学園の生徒たちをなんの肩書もなく交流させる……」
驚愕に目を見開くレア。
「なるほど……。よもやそこまでの計算がございましたとは……。ということは、もしや、プニッツァを推しているのも、それが理由でしょうか?」
さらに、そこに第三の声が混じる。それは……。
「あら、ユバータ司教……」
眼鏡の位置を軽く直す、ユバータ司教が立っていた。




