第九十六話 キースウッド、朗らかに提案する
ヨハンナの了解を取り付けたことで、正式に討論会の開催が決定した。
具体的には、グロワールリュンヌの生徒会を中心にした十名を聖ミーア学園へと招き、そこで、いくつかのテーマについて討論をしてもらいことになったのだ。
日取りは十日後。初日に、歓迎のダンスパーティーを開き、その後、数日間かけて討論会を開催。その結果で、パライナ祭の代表校をどちらにするかを決めるのだ。
「……ということで、美味しい新プニッツァの開発が急務となりますわ」
整列する料理学部の学生たち。その前で、ミーア・ルーナ・ティアムーンは堂々たる口調で言った。その、リーダーシップに溢れた様は皇女というよりも、年若き女帝と言った印象のほうがしっくりくる、威厳に溢れるものだった。
威風堂々、なににはばかることもないと言った口調で、ミーアは続ける。
「わたくしが見たところ、プニッツァの良し悪しは上に乗せるもので決まりますわ。であれば、やはり良い食材に目星をつけなければなりませんわ。ワグル」
名を呼ばれ、ワグルは静かに一歩歩み出る。
堂々と、誇らしげに胸を張る。その中心に宿るのは、誇らしい気持ちだった。
皇女ミーアに、帝国の叡智に頼られるということ……仕事を任されるということ……。
揺らぐことのない深い誇りを握りしめ、彼は言った。
「ミーアさま、直々の命を受け、祖父ちゃん……じゃない、祖父に協力を要請しました。すでに、ルールー族の精鋭が、静海の森内の食材を集めるために動き出しています」
その声を合図に、部屋にルールー族の若者たちが入って来た。彼らの手により、手際よく、調理台の上に食材が並べられていく。各種の野草や村で育てている野菜、木の実や瑞々しい果実類、キノコの類、そして……。
「外では、リオラさんの指示のもと、お肉の準備も進んでいます。川魚も準備しました」
それを聞き、ミーアは満足げに頷いた。
「ふむ、これだけ材料が豊富にあると、組み合わせがいがありますわね」
熟練の料理人のような空気感を醸し出しながら、ミーアは言った。
「ありがとう。ワグル。お祖父さまにも、ぜひお礼をお伝えいただきたいですわ」
微笑むミーアにワグルは、深々と頭を下げ、
「そう言っていただけると、きっと、みな喜ぶと思います。でも、ミーアさま、これだけではありません。ルールー族に伝わる、伝統的な食材もお持ちしようと思っていまして」
「ほう、伝統的な食材……と言いますと?」
興味深げに目を輝かせるミーアに、ワグルは説明する。
静海の森で採れる食材の中には、そのままでは食べられないようなものがある。
例えば、樽詰めにして数日置くと毒が抜ける木の実、芽の部分に毒があるため、それ以外が食べられるイモ類、そして……。
「煮詰めて毒抜きをしたキノコもございます」
「なんと、キノコ! それも毒抜きということは……もともとは毒キノコだったものが食べられるようになるんですの?」
目をキラッキラと輝かせるミーアに、ワグルは思わず嬉しくなってしまい……。
「はい。もっとも、少し手間がかかるみたいなのですが……煮詰めた後、日干しして、もう一度、水で戻してということを繰り返すようですが……」
「ああ、それはぜひ、作り方を教えていただきたいですわ。あ、そうですわ。他の毒キノコも同じ処理をすると行けるものがあるのではないかしら?」
ミーアは踊り出しそうなほどに上機嫌に言った。
――ああ、いかん! ミーア姫殿下にそのような知識を与えてしまっては……っ!
あわわ、っと思わず顔を青くしたのは、無論、言わずもがななキースウッドだった。
――毒抜きしたから問題ない! などと豪語して、キノコを差し出されたら、止められないかもしれん!
そして、ミーアが実践する毒抜きが有効であったかどうか、確かめさせられるのは、それを食べる王子たちだったりするのだ。
さらに、当然の帰結として、それを止めるために忠義の徒である自分が犠牲になることだってあり得るかもしれない! ミーアが毒抜きした(毒抜きできているとは言っていない!)キノコを食べなければならなくなるかもしれないのだ!
危機感に背を押され、一歩前に出ようとしたキースウッドであったが、彼に先んじて前に出る者がいた!
「ミーアさま……それは……」
スチャッと一歩前に出たルードヴィッヒは、おもむろに眼鏡を押し上げる。
――ああ、そうだよな。ルードヴィッヒ殿は常識人……。主の無謀な試みには当然、否を突きつけるはず……。
「確かにあり得ますね。私もかつて、森で迷った際、イチかバチかで毒抜きした野草を食したことがございます」
お墨付きを与えちゃった!
そうなのだ。ルードヴィッヒは基本的には堅実な男で、現実的な思考ができる人ではあると思うのだが……。ガルヴによって仕込まれた前提知識が、その眼鏡を曇らせていたのだ。
すなわち、
「森に迷い込んだ時には、まずなにが食べられるかを知らねばならぬ。そして、食べられる物がなければ、加工すれば食べられる物を探さねばならない。我々人間にとって食事は欠かすことのできぬもの。食を軽視し敗北した軍隊は、歴史上、数限りなく存在する。ゆえに、まず食べられる物を知り、次に、手を加えれば食べられる物を知ることがなにより重要じゃ」
そんな哲学がルードヴィッヒの中に根差している。
そしてその哲学とミーアの発言がピッタリと、ガッチリと重なっているように、ルードヴィッヒには思えてしまったのだ!
「そうですね。我ら森の賢者ガルヴの徒も、毒抜きの方法をいくつかは教わっております。それを用いれば、あるいは……」
などと、さらにバルタザルが火に油を注ごうとした時だった!
「肉とお魚の準備ができた、です!」
バァンっと扉を開けて、リオラが入って来た!
これ幸いに、とキースウッドは言った。
「ミーア姫殿下、肉や魚を始めとして、食材は無数にございます。毒抜きには時間がかかるようですし、ここは、とりあえず、ルールー族の方たちからいただいたものに絞って料理開発を行うのがよろしいのではないでしょうか?」
恭しく、正論を提示! とりあえず、毒抜きなどと言うオソロシイ事態からミーアを遠ざけようとする。
「ふむ……それもそうですわね。時間も無いことですし……」
「それと、せっかくの華やかなパーティーですし、見栄えも大切なのではないでしょうか」
キースウッドはそこで、渾身の進言を行う。
「はて……見栄え?」
意味深に頷き、それから、キースウッドは言った。朗らかな笑顔で……。
「ええ、具体的には、馬の形にするとか……」
提案するのだ。手間がかかりそうな改造を。そうして、余力を削り取るのだ。ミーアが、毒抜きなどと言うオソロシイことを始めるような余力を!
「馬の形……なるほど! それは実に素晴らしいアイデアですわね。それならば討論会のみならず、騎馬王国の方たちもいらっしゃるであろう、パライナ祭でも出せるメニューになるかもしれませんわ!」
ミーアは、それから、キースウッドに優しい目を向けて、
「ふふふ、さすがはキースウッドさんですわ。お呼びした甲斐がございましたわ」
「ははは、そう言っていただけるとなによりですよ、ハハハ」
乾いた笑い声を上げるキースウッドであった。