第百十七話 仕組まれた火種
「ケガはないか? ミーア」
「え、ええ、問題ございませんわ」
微妙にもじもじしつつ、ミーアは答えた。未だに、シオンに呼び捨てにされるのに慣れないミーアである。
「ところで、そちらのお嬢さんは、どなたかな?」
ちらり、とシオンが瞳を向ける。涼やかなその眼には、けれど、明確な敵意の色がうかがえた。
「え、や、あ、あの……」
その迫力に、リンシャは気圧されたように言いよどむ。
それを見たミーアは……、ちょっとだけ同情する。
「ちょっとシオン、あなたはただでさえ迫力があるのですから、そんな風に睨んだらかわいそうですわ」
ミーアは、シオンからリンシャを守るように一歩前に出る。
「この方はリンシャ。地下革命組織の方だったのですが、わたくしを助けてくださいましたの。いろいろ情報も聞くことができましたわ。革命派の首魁のこととか、彼女のお兄様なんですけれど……、あとは、いろいろと興味深いお話を聞かせていただきましたわ。いろいろと……」
まぁ、それが何に関係するのかはよくわからないのですけど……と心の中で付け足すミーア。
ところで……、おわかりいただけただろうか?
ミーアはあくまでもありのまま起こったことを話しただけである。嘘も誇張もそこにはない。何も考えずにありのままをしゃべっただけである。
しかしながら、シオンには、このように聞こえた。
「この短時間で革命派の情報を持っている人間を味方につけた」と。
――相変わらず、底が知れない知恵といったところか。
ありえないこととはわかっているのだが、もしかして情報を得るために、わざと誘拐されたのではないか? とまで疑ってしまうシオンである。
――もし、俺だったら、どうだったろうな。
同時に、そう考えざるを得ない。
足元で気絶している少年のことを見ると、恐らく、脱出することは難しくはない。
――だが、機転を利かせて仲間に引き入れることは恐らく不可能だろうな。
ただ脱出するだけでなく、囚われたという状況を敵組織の内情を知る機会とする。そのようなことは、到底可能とは思えない。
――というか、そんなこと考えつきもしないだろうな。ミーア姫以外であれば。
もちろん、言うまでもないことではあるが、そんなことミーアだって考えついてはいなかった。
ミーアがやっていたのは、見張りの少年相手に、ちょっとばかしイキっていたことぐらいである。
≪イキリ皇女さま≫なのである!
まぁ……、そのしょーもない行動自体も失敗したので、もはや目も当てられないのだが……。
それはさておき、
「味方、ということでよろしいんですわよね?」
ミーアはリンシャの方をうかがう。リンシャは慎重な態度でうなずいて、
「あなたが革命を止めてくれるのなら、協力するわ」
「革命を止める……か。だが、そのためにはレムノ国王と会う必要があるだろうな。重税をなんとかしないとならないだろうな」
そもそも、民衆が不満を爆発させている原因は、増税による負担が増えたことに由来する。
そのように聞いていたシオンは、解決は容易ではないと難しい顔をしていたのだが……。
「いえ、そうじゃないわ。そもそも今、兄さんたちが訴えているのは、税を下げることじゃないの」
リンシャは、小さく首を振ってから言った。
「王政府に囚われているダサエフ・ドノヴァンさまを解放してもらうことよ」
「……それは、どういう意味だ?」
怪訝そうに、シオンが首を傾げた。
「国王陛下は、宰相であるドノヴァンさまの口を封じるために、どこかに監禁しているらしいの。兄さんたちは、ドノヴァンさまを助け出すために立ち上がったのよ」
「諫言を告げてくれる臣下を牢に入れたのか……。愚かな」
出発前にラフィーナとした会話が思い出される。
「何かがあった……」と、ラフィーナは言っていたが……。なるほど、これでは反乱がおきても不思議ではない。
「勇を持ち、主君の誤りを諫める者こそ忠臣だ。それに、民を代弁するような立場の者を害すればどうなるのか、わからなかったというのか……」
シオンの横顔には、わずかながら怒りの色が見え隠れしていた。
その時、ふいにミーアの脳裏に声が響いたような気がした。
それは前の時間軸……、囚われのミーアに面会した時のこと……。
「ルドルフォン辺土伯は、君たち帝室や、大貴族が見捨てた民に食料を与えた人物だ。民草の恩人だ。そのような者を殺せば、どんな事態を招くのか、考えなかったのか?」
どこか呆れた様子でシオンが肩をすくめた。
「君たちは、そんな簡単なことも考えてなかったのか?」
あの時、ミーアは何も言い返すことができなかった。
事実として、ルドルフォン辺土伯は処刑されていて、それに怒った民衆の手によって、革命はなったからだ。
だけど、だけれど……。
本当は、ミーアは言いたかった。
したり顔で、偉そうに言うシオンにぶつけてやりたかったのだ。
そんな馬鹿な話はない、と。
――お父様が、そんなことをしたとは思えませんわ。
ミーアの父親である皇帝は人気取りのために、臣下を処刑したりはしない。なにせ、興味がないのだから。
逆説的に、民衆の人気を気にするような人ならば、あそこまで帝国が悪化することもなかったのだが、それはさておき……。
あの時に体を襲った、何とも言えないねっとりとしたような違和感。
飲み込んだ反論、言いたかった言葉を、ミーアは満を持して言った。
「……それ、なんだかちょっとおかしいですわ」
けれど、続く言葉は、新たなる闖入者によってかき消されてしまった。
こんにちは、餅月です。いつも応援ありがとうございます。
ということで、第百十七話でした。
ところで、最近の"なろう"アニメ化作品には、みんな「イキリ○○」の称号が与えられるようですね。
……ふむ、つまり、アニメ化するには、イキリを入れる必要があるのか!
ということで、流れに乗っかってみました……。お楽しみいただけたら嬉しいです。
では、また来週お会いできると幸いです。