第八十九話 ミーア姫、煽ることを提案す!
「なるほど、そんなことが……」
パティから聞いた話に、ミーアは愕然とした。
紅茶を持ってきたアンヌも、悲痛な顔でパティのほうを見つめている。
――パトリシアお祖母さまが亡くなったということは、もちろん知っておりましたけれど、まさか、そのような亡くなり方だったとは……。
確かに、どこで、どのように死亡したのかは聞いたことがなかった。祖父である先代皇帝が病死であることに対して、祖母については、ほとんど耳にしたことがなかった。
まるで、それを口にすることが禁忌であるかのように。
――火事で亡くなったということならば、それも頷けますわ。
それから、気遣わしげな顔で、ミーアはパティのほうを見つめ……。
「パティ……」
声をかけようとした、のだが、パティは顔を上げて首を振る。
「……大丈夫。別にショックは受けてないから」
静かに、淡々とした口調で言う。
「夫を得て、子を成して、弟も生きてる。大切な人たちを蛇から守った。この、今の時代に繋ぐことができたなら、それだけで満足だから……」
そうして、小さく笑みを浮かべる。その悲痛な決意すら感じられる笑みに、ミーアは言葉を失う。
「パティ……」
「それより、考えないといけないことがある。一緒に亡くなった先代のフーバー子爵が何者だったのか、ということ……。皇帝陛下の教育係だったと言うなら、もしかしたら……」
「蛇かもしれない……ということですわね。先代のフーバー子爵……ふむ。そのあたりは、ルードヴィッヒたちを交えて話を聞いたほうが良さそうですわね。アンヌ……」
「わかりました。すぐにお呼びしてきます」
ミーアの指示を受け、シュシュっとアンヌが動き出す。それを見送ってから、ミーアは、ふと首を傾げた。
「ところで、ヨハンナさんは、お聞きした感じでは、蛇ではございませんわよね? ということは、パティの味方になってくれるかも……」
と言いかけたところで、パティはゆっくりと首を振った。
「……それは、難しいと思う」
「はて? なぜですの?」
パティは、なにか言おうとして、すぐに口を閉じ……何事か考え込んだ後、意を決した様子で、言った。
「ヨハンナさまは……武闘派だから」
「なっ!」
ミーア、思わず仰け反る。
「もしも、蛇のことを話してしまったら……私が、蛇と敵対していると話してしまったら……ヨハンナさんの口から秘密が漏れてしまうかもしれない」
その言葉で、ミーアも納得する。
パティの味方は、過去には少ない。だからこそ、敵対の意志を気取られてはいけない。蛇の中にいるゆえに、蛇に味方だと思われているがゆえに、パティは自らの安全を確保できるし、妨害工作もできるのだ。
けれど、もしもヨハンナが、隠しごとが苦手な単純な性格であったとすると……。
「確かに……過去のその時点で味方に事情を話してしまうのは危険かもしれませんわね」
パティはコクリと頷き、
「だけど、その分、思い込みも強いようだから、ヨハンナさんの説得は難しいかもしれない」
「余計なことを言わないようにする、ということはできないのかしら?」
「わからない。だけど、今が変わってないから、言わないわけにはいかないのかも……。例えば、火事で分断された時、『私が死んだら、この帝国はどうなるか?』みたいなことをヨハンナさんに言われたとしたら……彼女を逃がすために『帝国のことは任せた』と言わざるを得ないのかもしれない。ヨハンナさんを納得させる言葉を、彼女を誤解させることなく言うことが出来たとして、その言葉に解釈を加え、歪める蛇が現れるのかもしれない」
その分析に、ミーアも思わず考え込む。
「それは、その通りですわね。ということは……その過去の言葉自体をどうこうするのは、現状では難しいと思うべきか……。むしろ、現在でなんとかすべきことなのかもしれませんけれど……ふむ。パティがパトリシアお祖母さまだって証明できればわかりませんけれど……いえ、それでも、子ども時代のパトリシアお祖母さまが、否定しても意味がないかもしれませんわ」
あくまでも「皇太后パトリシアが自らの死の寸前に遺した言葉」が、ヨハンナを縛っているのだ。今のパティの言葉では、説得することは難しいのかもしれない。
「ううむ、なんとか、その時のパティの真意が間違いであると、わかっていただければよいのですけど……」
と、つぶやきかけて、ふと気付く。
――いえ、本当は、パティがそんな言葉を遺さなくていい状況になってくれれば良いのですけど……。しかし、今はとりあえず、ヨハンナさんに認めていただかなければなりませんわ。なんとか……ふむ!
っと、そこでミーアはポコンと手を叩いた。
「あ、そうですわ。ねぇ、パティ、確認ですけれど、ヨハンナさんは……その、少々、単純な方なのですわよね?」
「……はい。たぶん、かなりの武闘派ではないかと」
小さく頷くパティ。それを見てミーアは、ふむ、っと腕組みし、
「ならば……煽る、というのは、どうかしら……?」
「……煽る?」
「ええ。そうですわ。ヨハンナさんが、武闘派であり、単純な性格であるというならば、きっとひっかけることができると思いますわ」
ミーアは、そこでニッコリ笑みを浮かべる。
「ヨハンナさんにとって、望ましい状況を鼻先に吊るしてあげれば……。あとは、フーバー子爵の扱いですけれど……。そちらはルードヴィッヒたちを待たなければなりませんわね」
ミーアがそうつぶやいたところで、タイミングよく扉が開いた。
「失礼いたします。ミーアさま。お呼びとのことでしたが……」
「ああ、来ましたわね。ルードヴィッヒ。バルタザルさんも」
ミーアは、ニッコリと、頼りになる知恵袋たちを迎えた。




