第七十八話 きっとご褒美に違いない
「ミーアさまが、ダンスの手ほどきをしてくれる……?」
その話を聞いた時、セロ・ルドルフォンは、思わず驚きの声を上げた。
それは、彼が教室で、パライナ祭でのミーア二号のプレゼン方法を、セリアと検討している時のことだった。
観察記録や育成の要点に関しては、アーシャと相談していたものの、その情報の出し方となると研究担当の自分たちは向いていない。専門知識に踏み込み過ぎてしまうからだ。
だからこそ、万能の秀才、セリアに協力を求めていたのだが……、そこにワグルが駆けこんできたのだ。
ミーアが、聖ミーア学園の学生にダンスレッスンを施してくれる、という、驚愕の情報を持って。
教室に残っていた生徒も、それを聞きつけて、一様に同じような驚愕の表情を浮かべていた。
まさか……と思う。
そんなことはあり得ない、と常識が言う。
けれど……。
「ミーアさまならば、そうなさるかもしれない」
セロは思ってしまう。
彼が知るミーア・ルーナ・ティアムーンという人は、そういう人だからだ。そして……。
「やっぱり、セロもそう思うか?」
どうやら、ワグルも同じ考えのようだった。驚きつつも、その表情にはどこか納得の色も見えた。
「だけど、さすがに、ミーアさまご自身が教えてくださるなんてことは……」
対して、異を唱えるのは、常識人のセリアだった。孤児院から、聖ミーア学園へと引き上げてもらった彼女だから、ミーアの慈悲深さはよく知ってはいるのだが……、さすがにダンスレッスンを、皇女殿下自らがしてくれるなどとは思えないようだった。が……。
「普通は、そんなことあり得ないって、僕だって思うよ。だけど、ミーアさまは慈悲深い方だから」
あの、ミーアならば、身分の差なんか気にしないのではないかと、セロは思ってしまうのだ。姉であるティオーナの手紙を読み、すぐに助けに駆け付けてくれた、あの姫殿下ならば、と。
けれど、そこでワグルが首を傾げた。
「でも、どうして、急にダンスレッスンをしてくださろうって、思ったんだろう……?」
その疑問は、セロも同意するところだった。
――確かに、ミーアさまならそれをなさることに躊躇いはないだろうけど……、どうしてそうなさろうと思ったのかは、確かに気になるな……。なにがきっかけだったんだろう……?
一瞬、考えてから……。
「もしかして、僕たちの生み出したものに感動して……それに応えるために、ご自身もなにか教えようって考えてくださった……とかだったりして……」
思いつきを口にしてみる。っと、
「もちろん、そうだろうな。我ら学生の功績を評価してくださったに違いない」
堂々と、そう主張するのは、いつの間にやらやってきた、ドミニク・ベルマンだった。
偉そうに腕組みし、胸を張って、彼は言う。
「まぁ、俺の発案した小麦畑アートに一番感動してくださったことは、確実だろうが……、お前たちもなかなか頑張っていたしな。きっと、これは、ミーア姫殿下からのご褒美に違いない」
なぁんて、ドヤァッという顔をしている。
ちなみに、やって来た当初は中央貴族風を吹かせて、威張ろうとするドミニクに、微妙に距離を置いていたセロたちであったが……今となっては、ちょっと態度がアレなところがあって、時々、イラッとすることも言うけど、中身は真面目でいい奴という扱いである。ちょっと、結構、だいぶ態度がアレなところがあるが……。
そんなドミニクに笑みを浮かべてから、セロはつぶやく。
「もしも、そうだったら、嬉しいな……」
ミーアの役に立てているということ……ミーアが自分たちの発見に対して喜んでくれていること、それは、セロにとって何よりも嬉しいことだった。
「でも、ミーアさまとダンスかぁ……」
それを想像しただけで、緊張に体が固まってしまう。
セロとて貴族の一員。ダンスに関してまったく覚えがないということはない。
むしろ、姉のティオーナに付き合って、きっちりと練習を積んできたほうだと言えるだろう。まぁ、それを披露する機会は、あまりなかったが……。
そんなセロであっても、やはり、帝国の皇女殿下に、直にダンスの指導をつけてもらうなどということになれば、緊張しないはずもなく……。
――ミーアさまと、ダンス……かぁ。
あの日、初めてミーアと出会った日……。
自分の育てていた花を褒めてくれたこと、あの時の輝くような笑みを、今でも思い出すことができた。かすかに熱くなった頬を誤魔化すように、セロは首を振り、
「緊張して、まともに踊れないかも……」
「情けないことを言うな、セロ・ルドルフォン。我ら聖ミーア学園の生徒たるもの、ミーア姫殿下の恥とならぬよう、日々、鍛練と研鑽を……」
「ドミニクさまは、ダンスができるのですか?」
微妙に長くなりそうな空気を察したのか、セリアがすかさず口を開く。
「無論だとも。むしろ、教導する側に回っても良いぐらいだ……。そうだ、せっかくの機会だし、特別初等部の者たちにも指導をつけてやるか……」
ここ数日ですっかり、子どもたちに懐かれてしまっているドミニクである。まぁ、それはともかく……。
さて、その翌日、午後の時間……、聖ミーア学園の生徒たちは、最も広い講堂に集められた。
すでに、ミーア主宰のダンスレッスンの件は、噂として生徒たちの間で共有されていた。
そんなことあり得ないだろう、という常識と、慈悲深きミーア姫殿下ならば、あるいは、という期待。
その割合は、セロたちとは違い、おおよそ半々といったところであったが……。
そんな彼らの期待に応えるようにして、帝国の叡智、ミーア・ルーナ・ティアムーンは現れた。
「ご機嫌よう、みなさん。お集まりいただいたこと、感謝いたしますわ」
そうして、ミーアはニコリと穏やかな笑みを浮かべるのだった。