第七十五話 ミーア姫、毅然と意見を表明す!
突然のミーアの発案。
聖ミーア学園の学生たちに対するダンスレッスンという策に、ルードヴィッヒ舌を巻いていた。衰えることのない、その叡智の冴えに……。
――ミーアさまは、聖ミーア学園の学生たちが気後れせず、冷静な心で討論会に望めるよう、下準備をなさるおつもりなのだろう。
ルードヴィッヒは考える。聖ミーア学園で行っている教育の質は、グロワールリュンヌに劣るものではない。むしろ、大いに勝っている、と。
そもそも、そうなるように、自らの師であるガルヴを推薦したのだし、同門の者たちにも呼び掛けている。最初は敵対的であったグリーンムーン家とも、今は良好な関係を築けている。
そう、体制だけ見れば、この学園は、まさに、帝国最高峰の学府といっても過言ではないのだ。
……けれど、通っている学生たちに目を向けた時、一つだけ懸念するところがあった。それは、貴族の子弟に対する引け目である。
同門の者たちの中には、学問において秀でていれば、その他のことは気にする必要はない、と考える者もいる。けれど、そこまで極まった考え方をする者は、むしろ稀だ。ほとんどの者はそこまで強くない。ルードヴィッヒもバルタザルも後輩ジルベールにしてもそうだ。
国か、商人か、貴族か……いずれと関わるにしても、相応の礼節は求められるもの。
――我が師ガルヴのように、しがらみをすべて捨て去ってというのは、常人にできることではない。ほとんどの者はそれを自覚している。だからこそ、それを指摘されれば、動揺は禁じ得ない。
グロワールリュンヌ校の者たちは、それを熟知している。であれば、どういうことになるか……。
「グロワールリュンヌ校の学生たち、あるいは教師は、聖ミーア学園の生徒たちに対して精神的優位を保つため、社交マナーの不心得を突いてくるかもしれない」
ちなみに、ルードヴィッヒの推測は、的外れとは言い難かった。なぜなら、先ほどの昼食会において、まさに、フーバー子爵がそれを行おうとしたからだ。
「そのような思惑に対して、ミーアさまは備えようとされている。否……むしろ、逆撃を加えようとしているのではないだろうか、とそう考えたのです」
礼儀作法がまったくなっていない平民の子ども……と、そのように見下していた者たちが、歓迎ダンスパーティーにおいて、完璧な礼で出迎えたら、どう思うだろうか?
場合によっては、自分たち以上に優れた社交ダンスの腕前を見せられたら、どうなるか?
呆気にとられ、戸惑い、焦るのではないだろうか……?
「なるほど、討論会の前に、強かに一撃加えようということですか。ははは、それはいい。彼らはプライドが高いですから、冷静ではいられないでしょうな」
そう笑いながら、バルタザルが愉快げな視線を向けてくる。
伯爵家の出身の癖に、どこか、中央貴族に冷めた態度をとる友人に、ルードヴィッヒもニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。
「そういうことならば、ダンスのための楽器を用意する必要がございましょうな。ふむ、これは、ベルマン子爵に相談しなければなるまい」
聖ミーア学園には、音楽を扱う学部はない。一応は礼拝堂にオルガンがあるが、それでは不足があるだろう。
もしかすると、楽団を手配する必要があるかもしれない。
「それに、パーティーとなれば、料理の準備が必要かの。料理学科の者たちと相談しなければ……」
どうやら、学長ガルヴにも異存はないらしい。てきぱきと、段取りを考え始めている様子だった。
「ああ、それならば、例の……プニッツァはぜひ、出していただきたいですわ。あれは、素晴らしいお料理でしたし」
最後にミーアの指示を受け、ダンスパーティーの開催は決定したのだった。
――しかし、さすがはミーアさまだ。このような計略は、俺では思いつかない。貴族社会にも通じていなければ、決して考え付かぬもの。相も変わらず、溢れるばかりの叡智だ。
感心の視線を向けるその先で、ミーアは、ニコニコ笑みを浮かべていた。
……ちなみに、お気づきだろうか……?
歓迎ダンスパーティーの件について、ミーアが口を差し挟んだのは、最後の最後。
プニッツァに対しての注文だけだ、ということを……。
それまでは、なんか、ルードヴィッヒがいろいろと言い出したけど、とりあえず、黙って聞いておこうかしら……? などと……無言で、ただ生み出された流れに身を委ねるのみだったということ。
ゆえに、ミーアの意志は、最後の最後。料理のメニューにしか反映されてはいないわけだが……。
まぁ、だからどうということもないのだが。
さて、ルードヴィッヒらのもとを後にしたミーアは、ニコニコ顔で歩いていた。
「うふふ、ダンスパーティーで、またあの美味しい物を食べられるだなんて、素晴らしいことですわ! グロワールリュンヌの学生たちの心も掴めれば言うことなし。なかなかに、良い方向に進んでいるのではないかしら?」
ミーアにとってダンスパーティーは最高の存在だった。
なにしろ、美味しい物を食べたそばから、ダンスで消費していけば、差し引きゼロなのだから。
――うふふ、気にせず、たくさん食べられるというのは、実に幸せなことですわ!
収支の計算が微妙に合わないというか……なにかが多大に繰り越されて行ってしまいそうな気がしないではないのだが……。
ともあれ、着々と健康減量計画の準備を整えていくミーアなのであった。




