第七十四話 動き出し、立ち止まり、生まれた流れを見定めん……
さて、善は急げ! とばかりに、ミーアはアンヌを伴って、ルードヴィッヒのもとを訪れた。自らの「運動不足解消計画!」を引っ提げて。
ルードヴィッヒは学長室にいた。どうやら、ガルヴとバルタザルと共に、今後のことを協議していたようだった。
「これは、ミーア姫殿下、ようこそいらっしゃいました」
「ご機嫌よう、みなさん」
ニッコリと笑みを浮かべつつも、視線を巡らせ、ミーアは考える。
――ふむ、先に討論会のことをお話ししておいたほうがよろしいかしら。
さすがに、運動不足解消のためにダンスをしたいから、サボらないための監視を生徒たちに協力してもらいたいです! などと言い出せるほどの胆力はミーアにはない。
それに、ルードヴィッヒたちには、先ほどの昼食会の様子は共有しておいたほうが良いだろうし……と判断。一つ咳払いして、口を開いた。
「みなさんが、揃っていて良かったですわ。実は、グロワールリュンヌ学園について、少しお話ししておきたいことがございますの」
それから、ミーアは、先ほどの昼食会でのやり取りを話した。
途中、フーバー子爵の件に話が及ぶと……。
「ああ、フーバー子爵ですか。聞いたことがあります」
と、口を開いたのは、バルタザル・ブラントだった。伯爵家の三男であるバルタザルのもとには、当然のことながら、グロワールリュンヌの話も入ってくるのだろう。
「古き良き……いや、良きと言ってもいいかは議論の余地がありましょうが、ともかく、帝国貴族の伝統を重んじる男ですね。先代皇帝陛下の教育係を務めていた、グロワールリュンヌの当時の学長に師事していた経緯もあって、学校内でもかなりの発言力を持っているとか」
中央貴族出身という、ルードヴィッヒの同門の中では極めて珍しい経歴の持ち主であるバルタザルならではの情報だった。もしかすると、彼自身もグロワールリュンヌに通ったことがあるのかもしれない。
「ほう、それは初耳ですわね。ということは、彼をこちらの陣営に引き込めれば、グロワールリュンヌ内の改革も進めることができる、と……」
「それはそうですが、彼を説得するのはなかなかに難しいかと存じます。なにしろ、筋金入りですから……」
苦笑いしたバルタザルは、そこで表情を引き締めて、
「申し訳ありません。お話を遮ってしまいまして……」
「いえ、問題ありませんわ。貴重な情報を感謝いたしますわ。ええと、それで、どこまで話したかしら……。ああ、そうそう、パライナ祭に出る代表校の決め方なのですけど……両校の生徒による討論会を開いたらどうか、と提案いたしましたの」
ミーアのその言葉に、ガルヴが髭に手をやった。
「なるほど、討論会……ですか」
「ええ。この聖ミーア学園の中を、次代を担う貴族の子弟に見てもらいたいのが一つ。もう一つは、直接、学生同士が言葉を交わすことで、彼ら自身にも、自分たちの価値観が間違っていると、気付いてもらいたいと思いましたの」
そう、ミーアは期待しているのだ。
グロワールリュンヌの学生たちが、反農思想の歪さに気付くこと。
そして……聖ミーア学園の学生たちが、小麦畑ミーアートを始めとしたアレコレのおかしさに気付くことを!
ミーアは声を大にして言ってやりたいのだ! お前ら、冷静になれよ! と。
「なるほど……。では、ミーア姫殿下は、いよいよ本格的に、帝国内の意識改革を行っていこうと、そうお考えなのですな」
豊かな顎髭を撫でながら、ガルヴは唸った。
「いつかは、とは思っておりましたが……まさか、これほど急に事が動こうとは……ふふ、長生きは、するものですな」
「そうですわよ。まだまだ、楽しいことがございますから、もっともっと長生きして、この聖ミーア学園を盛り立てていただかないと困りますわ、ガルヴ学長」
っと、半ば本気、半ばおだてることを言ってから、ミーアはスッと背筋を伸ばす。
「まぁ、それはそれとして、実は、一つお願いしたいことがございますの」
「はて、お願い、ですかな?」
不思議そうに目を瞬かせるガルヴにミーアは一つ頷いて……。
「実は、聖ミーア学園の生徒たちに、ダンスの鍛練にお付き合いいただきたいな、と思っておりますの」
「ダンス……ですと?」
少し驚いた様子を見せるガルヴ。一方で、ルードヴィッヒは、すかさず眼鏡をスチャッと押し上げて、
「ダンス……ですか。なるほど、それは素晴らしい」
訳知り顔で頷いた。
「ん? どういうことだ、ルードヴィッヒ?」
バルタザルの問いかけに、ニヤリと笑みを浮かべるルードヴィッヒ。
「わからないか? これは、グロワールリュンヌの学生たちを迎え撃つための準備さ」
「なに……?」
「ほう……?」
「…………はぇ?」
首を傾げるバルタザルとガルヴ……と、誰かの声が聞こえたようだったが……特に気にした様子もなくルードヴィッヒは続ける。
「これはあくまでも私の推測なのですが……ミーア姫殿下は、グロワールリュンヌから呼び寄せた学生を歓迎するため、という名目で、ダンスパーティーを開かれるおつもりなのではありませんか?」
こいつ、なに言ってんだろう……? と、眉を潜めそうになったミーアであったが、すぐに真面目腐った様子で腕組みし……。
「……ええ、まぁ、大体当たっておりますわ。うん……」
とりあえず、乗って見定めんとする。
生み出された流れが、どこへ向かっていくのかを……。