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ティアムーン帝国物語 ~断頭台から始まる、姫の転生逆転ストーリー~  作者: 餅月望
第九部 世界に示せ! ミーア学園の威光を!
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第七十話 パティ、幻惑されてしまう……!

「ならば、なにも問題はありませんわ。パライナ祭にどちらの学校が出るのが相応しいか、ぜひ、討論会を開いて決めることにいたしましょう」

 凛と言い放つミーア、その顔にヨハンナは、在りし日の恩人、パトリシアの姿を見た。

 ――ああ……ミーア姫殿下は、確かにパトリシアさまの面影をもっておられるようじゃ。

 親友たるアデライードはまだしも、マティアスを経由している点が少々不安ではあったのだが……。ヨハンナの目に映るミーアは、思慮深く聡明で、パトリシアのような深い知性を身にまとっているように見えた。

 ゆえに……ゆえにこそ……彼女は悲しかった。なぜなら……。

 ――ミーア姫殿下のなさろうとしていることは、パトリシアさまの御心とは違う。そのはずじゃ……。

 皇太后パトリシアの想い、託された願い。

 ティアムーン帝国を、アデラを、生まれてくる子を守ってほしい、と……。

 ――アデラの子を……ミーア姫殿下を守るためには、この国の枠組みを守ることこそが肝要。連綿と受け継がれてきた、しきたりと文化を守ることこそが、なによりも大切なことじゃ。

 ヨハンナはもともと異国人であった。だからこそ、違う国の形というものを知っていたし、だからこそ、この帝国の在り方がおかしいことにも気が付いていた。けれど、それゆえに「これこそが帝国が帝国たる所以、国独自の文化で、国としての枠組みなのだ」と言われれば、それに逆らうことはできない。

 帝国貴族であれば必ず持っているであろう常識、反農思想がいかに愚かなことだと思っても「そう感じるのは自分が異国人だからである」という結論に達してしまう。だからこそ、ヨハンナは、その「帝国貴族の常識」を維持することに心血を注ぐ。

 帝国に来た当初、戸惑う彼女を気遣って、いろいろと世話を焼いてくれたパトリシア。その想いに少しでも応えるために……ヨハンナは常に帝国貴族らしくあろうとした。

 民草に頭を下げるは帝国貴族の行いではない。されど、皇女の客にならば下げるのが当たり前。ゆえに、なんの躊躇もなく、屈辱も感じずにそれを行うことができる。

 この帝国に根付いた文化を、彼女ほど尊重する者はいなかった。だからこそ、彼女はミーアを見つめる。

 パトリシアの想いとは違う方向へ向かおうとしている――とヨハンナが信じる――帝国皇女の行いを止めるために、ヨハンナは口を開いた。

「否……じゃな、それは」

 ヨハンナの、直感が告げている。武闘派として知られる彼女は、戦士の勘として、ミーアの言に従った時の危険性を敏感に察知していた。理由はわからない、が、言うとおりにしては危険だと……。

「あら……なぜですの? ヨハンナさん。わたくしの話になにか不都合でも……?」

 不都合、不整合、不合理……それらのものは、見当たらない。

 両校の討論会についても、今までミーアが行ってきた改革についても、実に合理的かつ正論のようにヨハンナには聞こえた。

 けれど、同時に、ミーアのしようとしていることは、このティアムーン帝国という枠組みを壊す行いに、ヨハンナには見えていた。

 ティアムーン帝国は……育まれた文化は、帝室の血筋を守るための固き城。初代皇帝が子孫の繁栄のために作り上げた絶対のしきたり。

 それこそが、長きに渡り帝国を維持してきたものならば、それを守ることこそが、皇女ミーアを守ることに繋がるのだと、ヨハンナは信じた。

 だからこそ、彼女は今立ち塞がる。大切な人の孫娘の前に……親友の愛娘の前に。

「仮に……もしも仮に、この学園が民草にとって良き学びの場であったとしても、伝統ある貴族の子弟に良いものであるとも限らぬ。学生同士の交流がグロワールリュンヌの学生たちに、良くない影響を及ぼすやもしれぬ」

 その答えに、ミーアは、ぬぅっと呻く。

「ゆえに、討論会には、妾は反対じゃ」

 いささか強引に、話を切り上げんとするヨハンナ。その耳に、不意に……。

「……頑な」

 小さな、けれど、揺らぎのない声が聞こえてくる。

「なぜ、そんなに頑なに反対を……?」

 抑揚の薄い幼い少女の声だ。

 普段のヨハンナであれば、聞き流したであろう、子どもの声だ。されど、今のヨハンナには、それは不快だった。

 ただでさえ、恩人の孫の、親友の娘の、邪魔をしなければならないところなのだ。心を鬼にして、反対を述べなければならない場面なのだ。

 ――ブルームーン公爵夫人たる妾に……このヨハンナ・エトワ・ブルームーンに諫言を宣うとは……。いかに、皇女の客人といえど、我慢ならぬ。

 彼女は武闘派なのだ。

 殴って()聞き分けのない奴()に言うことを()聞かせるスタンス()! なのだ。

 手元の扇を手に取り、不機嫌に歪む口元を隠しながら、

「うん? 誰ぞ? なにか言ったかえ?」

 ジロリ、と周囲に鋭い視線を巡らせる。が……。

「なんぞ、妾の言に、文句でも…………え?」

 視線と言葉が、同時に止まる。その先にいたのは、一人の少女だった。

 ヨハンナの視線を怒気を受けても、怯む様子もなく、ただただ、無表情に見つめている少女。切りそろえた髪、その色は、皇女ミーアと同じ……あるいは、皇太后パトリシアと同じ……どこか懐かしさを感じさせる色で。

 真っ直ぐにこちらを見つめている瞳、その色は静かで冷たい青。見つめられると、心の奥底まで見抜かれてしまいそうな、その眼光に、ヨハンナは確かに覚えがあった。

 ……気付いていなかった。

 先ほどの馬車から降りた時も……この食事会が始まった時も……。まったく眼中になかったから……視界にも入れていなかった。

 ――あの娘……、あの面影、パトリシアさまにそっくりじゃ。あの者はいったい……。

 驚愕に言葉を失ったヨハンナ。パティは、そんなヨハンナの顔をジッと見つめる――プニッツァで汚れた手を、ふきふきしながら……!

 ……どうやら、パティも、その魅惑の味に幻惑されてしまったらしかった。まぁ、どうでもいいが……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] がんばれパティちゃん パティちゃんの活躍が目立つだけでなんだか泣けてしまいます ところで ミーア様は澄ましていれば どこの出しても恥ずかしくない皇女様なのですよね? その祖母たるパティ…
[良い点] >パティは、そんなヨハンナの顔をジッと見つめる― >―プニッツァで汚れた手を、ふきふきしながら……! パティ可愛い。
[良い点] >>真っ直ぐにこちらを見つめている瞳、その色は静かで冷たい青。 見つめられると、心の奥底まで見抜かれてしまいそうな、その眼光に、 ヨハンナは確かに覚えがあった。 すぐ思い出せるくらい何度…
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