第六十九話 わたくしのように少々の心得がなければ……わたくしのように?
「それは、どういう……」
怪訝そうに眉をひそめて、つぶやくヨハンナ。対して、ミーアは落ち着き払って紅茶を一すすり。それから、静かな声で答える。
「簡単なことですわ。ここでわたくしたちが、いくら話したところで、水掛け論。どちらの学校が優れているかは、明らかにはなりませんもの」
小さく肩をすくめて、ミーアは首を振る。
「例えば、そうですわね。パライナ祭には、帝国内の最も優れた学校が出るべきだと思いますけれど……では、学校の良し悪しはどのように判断いたしますの?」
「それは、もちろん、その学校でなにを教えているかで……」
歯切れ悪く答えるフーバー子爵に、ミーアはスゥっと視線を向けて。
「なるほど、教えていることが正しければ優れた学校であると……。であれば『正しいこと』とはなにかしら? すべての人が等しく正しいと、あるいは、優れていると認める知識は、神聖典以外にはないと思いますけれど……最低限、神聖典を教えるのは、どこの学校でも変わらぬことでしょう?」
チラリとユバータ司教に視線を向けて、ちょっぴりアピール。帝国の叡智は常にアピールを忘れない。
「だから、比較すべきは各校が独自に教えるもの、あるいは、力を入れて教えるものであるべきですわ。けれど、そうですわね……例えば、帝国貴族の文化を教えているとして……それが、なぜ、聖ミーア学園で教えていることより優れていることだ、と言えるのかしら? テーブルマナーが調理知識より優れていると、どなたが決めるのかしら?」
「いや、それは……」
反駁の言葉が一瞬行き詰ったのを見計らい、畳みかける!
「それに、仮に教えている内容が正しいとして……それが学生たちに身についていなければ意味が無いことですわ。ただ、正しい知識を提供するだけで良いならば、正しいことが書いてある本を配ればいい。それだけではないかしら?」
クソだメガネだなんだと言いつつも、ミーアはクソメガネ・ルードヴィッヒのことを評価している。彼が教えたことは、腹立たしくはあったが、それでもミーアの中にしっかりと記憶されていたのだから。腹立たしくはあったが……。
――まぁ、わたくしの記憶力が優れているというのもあるのでしょうけど、彼の教え方が上手かったということもあるはずですわ。教えられている時には腹が立ちましたけど!
「もっ、もちろん、教え方というのもあります。ええ……」
慌てた様子で、フーバー子爵が言う。が、ミーアは特に気にした様子もなく。
「なるほど。では、教え方が優れているというのは、どうやって判断するのかしら? 授業の内容を、みなで精査するのかしら? それとも、皇帝たるお父さま、あるいは、皇女たるわたくしも、優劣を判断する資格があるかしら?」
「なっ! い、いえ、それは、その……」
ここは帝国だ。皇帝一族のわがままが、ほとんどすべてのものに優先される国なのだ。
その権威を使われれば、反論の余地などないわけで……。
しかも、皇帝マティアスはミーアを溺愛している。ミーアが「パパ、お願い」などと言おうものならば、いくらでもわがままを聞いてしまうだろう。
フーバー子爵が慌てるのはもっともなことだった。まぁ、ミーアは間違っても、パパ、とは言わないのだが。
「わたくしは思いますの。そんな面倒なことをせずとも、どのような学校が優れているのか、判断するのは、とても簡単なことですわ。どちらの職人の腕が優れているか見るには、彼らの技を見るのではなく、その作品を見ればよいのですわ」
辺りをキョロキョロして、空の皿の上に視線をやったミーアは、テーブルの外れ、カッティーラのお皿を手に取る。
「例えば、このデザート……。料理人の腕前の良し悪しを判断するのにはどうするのが賢明か。わたくしのように、少々、料理の心得がある者であれば、調理の姿を見れば、多少は判断できるかと思いますけれど、そうでないなら、その技術を見ただけで判断することは不可能、けれど……」
一部、若干の異論が出そうなことを言いつつも、ミーアは続ける。
「こうして、食べてしまえば……」
素早く、カッティーラを、ひょいっ、はくっ、もぐもぐっ、ごっくん! としてから、
「結果は明らかではありませんの? 料理人の腕前の良し悪しを見たいならば、単純に彼の作った料理を食べるのが一番ですわ」
ミーアはペロリ、と唇についた甘い欠片を味わいつつも……。
「では……学校という料理人の作った料理とはなにかしら?」
「なるほど、料理は学生じゃな?」
いち早く答えに行きついたのはヨハンナだった。
ミーアは、満足げに頷いて腕組みする。
「そう、その通りですわ。学校の良し悪しを判断したいなら、その学生を見れば良い。そこにいる特別初等部の子どもたちを見れば、セントノエルがいかに優れた学校であるか、一目瞭然でしょう?」
「ぐむ……」
微妙に苦い顔をするのは、フーバー子爵だった。いかに彼とて、大陸最高峰のセントノエルを否定することはできない。遠回しに、特別初等部の子どもたちを馬鹿にしたフーバー子爵を咎めたミーアである。
「それでは、逆に問いたいのじゃが、学生の良し悪しは、どのように判断しようというのじゃ?」
ヨハンナの問いかけに、ミーアは自信満々に胸を張り……。
「簡単ですわ。両校の生徒たちに、直接、語り合わせれば良いのですわ。そうですわね。せっかくですし、グロワールリュンヌの学生たちにも、この聖ミーア学園の見学をしていただいて、その後で、討論会でも開けばよろしいのではないかしら?」
そっと瞳を閉じて……。
「帝国の未来にとって、有望な若者たちの、貴重な交流の機会となるでしょう」




