第六十六話 始まる昼食会
さて、皇帝の昼食会に呼ばれたのは次の者たちであった。
皇女ミーア、公爵令嬢のエメラルダ、シュトリナ。皇帝マティアス公認のミーアの妹分ベルとパティ。さらに、特別初等部の子どもたち。
ヴェールガ公国のユバータ司教、リオネル、レアの兄妹。
そして、ブルームーン公爵夫人ヨハンナとフーバー子爵である。
結構な人数になってしまうので、場所を移さねばならなかったし、用意に少々時間がかかってしまったが、その分、きっちりと仲間たちと打ち合わせができたミーアである。
――エメラルダさんが、やる気に満ち溢れているのが少しだけ心配ですわね。あと、リオネルさんとレアさんに事前に話ができなかったのが、少々気がかりといえば気がかりですけど……。ふむ、気がかりといえば……。
っと、そこで、ミーアの鼻がひくひくと動いた。その優れた嗅覚が敏感に嗅ぎとる! 絶対的な危機の予感……否! 絶対的な、嬉々の予感を!
――ああ、芳ばしい……素晴らしい香り……うふふ、実に楽しみですわ。
ミーアの視線の向かう先、大きなテーブルの上には、絢爛豪華なお料理が並んでいた。
本日の料理は、ミーア二号小麦とペルージャン産の通常の小麦、さらには黄色みがかった玉月麦を使った料理だった。三種の小麦粉の違いを生かした、それぞれ異なる調理法の妙を楽しむ趣向となっている。
余談だが、聖ミーア学園には、料理を研究する学部が存在している。各国の食文化を研究し、外交使節をもてなすのに利用しようという……聖ミーア学園の中では珍しい、大変、まともな学部である。
その成果を目の前に、ミーアのお腹は切なげな声を上げていた。
――あれは、ペルージャンで食べたターコースですわね。それに、あちらにあるのは満月団子が入ったスープ……あら、あちらの奥にはデザートのカッティーラもございますわ! それに……あらあら? あの平べったいのにチーズをのっけたのは何かしら? トロリとチーズがとけてて、トマトソースと絡み合って、実に美味しそうですわ。芳ばしい匂いもたまりませんわね。うふふ、三段ぐらい重ねて食べたいですわ。もともと、ターコースも包む具材によってはガラッと趣が変わる食べ物ですし、あのチーズとトマトソースの物がこってりしているなら、ターコースにはシャキシャキのお野菜を包んで食べても良いかもしれませんわ。
脂っこくなった口を、別の食べ物ですっきりさせ、再び脂っぽいものを食べるという無限サイクルが、今まさに実現しようとしていた。
めくるめく、味を想像するミーアの脳裏には、厄介な相手を迎え撃たなければならないという認識は、すでにない。
美味しい物はすべてに優先される。それは、ごくごく当たり前の真理というものであった。
さて、ミーアが美味しい美味しい昼食に目と心を奪われている隙に、ヨハンナはユバータ司教へと接近していた。
「ご機嫌よう、ユバータ司教殿。お初にお目にかかる。妾はヨハンナ・エトワ・ブルームーン。星持ち公爵、ブルームーン家の公爵夫人じゃ。以後、お見知りおきを」
スカートをちょこんと持ち上げて優雅に礼をし、嫣然と微笑む。
そこには、侮りがたき大貴族の風格があった。
礼を失する高慢さは見えない。敵意も悪意も、戦意も向けてはいない。けれど、他者を圧する強烈な迫力が、そこにはあった。
ユバータ司教は、けれど、その圧力を穏やかな表情で受け止める。気圧された風もなく、自然体で……。まるで、孤児院の子どもたちと向かい合うような、柔らかな態度で。
ヨハンナは、さらに続けて、自らの傍らに立つフーバー子爵に目を向ける。
「それと、こちらは我が帝国の誇る名門校、グロワールリュンヌ校の講師、フーバー子爵じゃ。主に、帝国貴族の歴史や礼儀作法について教鞭をとっている」
ヨハンナの紹介を受けて、フーバー子爵が深々と頭を下げる。
「これは、ご丁寧に。私は、ニコラス・ダ=モボーカ・ユバータと申します。ヴェールガ公国の神聖図書館の館長を務めております。お会いできて光栄です、ブルームーン公爵夫人。それに、フーバー子爵」
その挨拶の言葉に、フーバー子爵が、おお、と感銘を受けた様子で唸った。
「かの神聖図書館長とお会いできるとは、望外の喜びにございます。ユバータ司教。深淵なる叡智を収めた図書館、ぜひ、私もその知恵に触れてみたいと思っておりました」
揉み手をしながら、フーバー子爵が言った。
ヨハンナとは違い、小物感の溢れる、そのいささか卑屈に見える態度に、けれど、ユバータ司教が笑みを崩すことはない。
ただ、その澄んだ瞳は、相手の価値を測らんとするがごとく、真っ直ぐにフーバー子爵を見つめていた。
続いて、リオネルやレアが自己紹介をしようとしたところで、
「まぁまぁ、話は後にいたしましょう。せっかくのお料理が冷めてしまいますわ」
パンッと手を叩き、ミーアが言った。
「早速ですけれど、昼食会を始めますわよ」
そうして、昼食会は和やかな雰囲気で始まった。