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ティアムーン帝国物語 ~断頭台から始まる、姫の転生逆転ストーリー~  作者: 餅月望
第九部 世界に示せ! ミーア学園の威光を!
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第六十五話 古き者と新しき者

 ところ変わって、帝都ルナティア。

 皇女専属近衛隊の詰め所では、とても珍しい光景が繰り広げられていた。

 副隊長ルヴィの部屋に、星持ち公爵令息、サフィアス・エトワ・ブルームーンが訪ねてきたのだ。ただでさえ、近衛隊の詰め所に高級貴族が訪ねてくることは珍しいのに、さらに、サフィアスの付き添いとして、後のシューベルト候たるダリオ・シューベルト、同じく後のランジェス男爵たるウロスを伴って、という実に風変わりなメンバーである。

 表向きは、皇女専属近衛隊副隊長、ルヴィへの慰問ということになっているが……。

「おいおい、どうしたんだい、サフィアス殿。ずいぶんとやつれてしまったんじゃないか?」

 副隊長室に入って早々に、ルヴィ・エトワ・レッドムーンは言った。

「顔色も悪いし、目元も腫れぼったいな。もしかして、よく眠れていないんじゃないかな?」

 そんなことを言うルヴィのほうは、なんというか……生き生きしていた! それはもう、仕事が楽しくって仕方ない、という様子だった!

「そちらは、ずいぶんと楽しそうに仕事をしていて、うらやましい限りだね。ルヴィ嬢。実は、ご指摘の通り、ここ数日間、眠れていなくてね」

 そう肩をすくめるサフィアスを、ルヴィは興味深げに見つめて。

「ほほう、なにがあったんだい? それに、シューベルト家のダリオ殿はまだしも、ランジェス家のウロスくんまで一緒とは……。もしや、セントノエルの同窓会でもやろうして、準備で忙しいとか?」

 のんきな問いかけに、サフィアスは思わず苦笑する。

「そんな話ならば、楽しそうでいいんだがね」

 深々とため息を吐いてから、出された紅茶を一口。フルーティーな香りに、ほぅっと安堵の表情を浮かべる。

「この茶葉は……実に落ち着くな……良い茶葉だ」

「ははは、ブルームーン家の次期当主殿にそう言ってもらえると鼻が高いよ」

 言いつつ、ルヴィも紅茶を一口。それから、上目遣いにサフィアスを窺う。

 その視線を受けても、サフィアスは口を開こうとはしなかった。

 しばし、目を閉じ、紅茶の味と香りに集中する……けれど、いつまでも黙っているわけにはいかない。

 言いづらいこととはいえ、言わなければならないのなら、早いに越したことはない。

 意を決して、彼は息を吸って、吐いてから……。

「実は我が母と紫月花の会の事なのだが……」

 そこで言葉を切ってルヴィの顔を見る。特に表情を変えることなく、澄まし顔で紅茶を飲んでいるルヴィに、サフィアスは詰めていた息を吐きだした。

「どうやら、その様子では、君のほうでもある程度は把握しているようだな」

「そうだね。まぁ、ある程度のところはね。ミーア姫殿下からも報せが届いていたし、我がレッドムーン家と懇意にしている貴族たちからも、まぁ、いろいろと聞いてはいるね」

 ならば話は早い、とばかりに、サフィアスは口を開いた。

「ヴェールガ公国で長らく行われていなかったパライナ祭が再開されるらしい。そこに聖ミーア学園が帝国代表として参加させようと、ミーア姫殿下は動いておられたが、それに待ったをかけるべく、紫月花の会の会長たる母上が動いたんだ」

「ヴェールガが主催する世界的行事に参加するとなれば、それは、一国を代表する学校と見做されるだろうからね。グロワールリュンヌの後援をしている紫月花の会は当然動くだろう。驚くには値しない」

「そうだな。それだけなら、確かにそうなんだが……。母は、未だに俺に次の皇帝になってほしいらしくてね。ミーア姫殿下が女帝になる要素をできる限り排除したいというのが本音のところらしい。パライナ祭への聖ミーア学園の参加は、ミーアさまが女帝となるための足掛かりとして十分な功績となるだろうしね」

 そこでサフィアスは残っていた紅茶をすべて飲み干して……。

「だが、言わずもがな、こいつは、それだけで済む話じゃない」

 その言葉に、ルヴィは興味深げに目を瞬かせた。

「ほう、というと?」

「わかっているだろう? グロワールリュンヌと聖ミーア学園の対立だぞ? こいつは、一つの象徴と見なすべきだろう」

 それから、サフィアスは深い……深いため息を吐く。

「初代皇帝陛下……いや、ここはあえて初代皇帝と呼び捨てにすべきだろうか……。我らが帝国の始祖が文化の中に組み込んだ悪しき思想、反農思想……。そして、それを教育するグロワールリュンヌと、その思想を覆そうとする聖ミーア学園の争い……。これは、古き者と新しき者との全面戦争だ。古き価値観と新しき価値観との戦争なんだ。まぁ、剣は交えないだろうが……」

「今さらだね、それは。そもそも、戦争というのは準備段階で、すでに大方の勝ち負けは決まっているものだ。それに、貴族の暗闘というのも、剣を交えるものばかりではないというのもよく知られていること。剣を交えないからといって、激しくないわけでもないし、重要性が低いわけでもない。血が流れないからといって、軽視するのは致命傷になりかねないだろう」

 それから、ルヴィは両手を組んで……。

「ということは、だ。我々も動かざるを得ないと、サフィアス殿は、そうお考えかな?」

「そうだろうな。少なくとも、ミーア姫殿下の側につくというのならば、そうだろうと見ているよ。俺はね。だからこそ、信頼のおける同志を伴って、こうして訪ねてきたんだ」

 ダリオ・シューベルトとウロス・ランジェス、二人に一瞬、視線を向けてから、サフィアスは言った。一方でルヴィは楽しげに笑みを浮かべて。

「ふふ、紫月花の会と袂を分かつというのは、なかなかに刺激的だね。君の場合は、あの恐ろしい母君と争うことになるのだから、なおのことだろうね」

「それこそ今さらだな。ラフィーナさまやシオン王子らと敵対するのとどちらがマシかという話さ」

 肩をすくめてみせるサフィアスに、ルヴィは少しだけ真面目な顔をして……。

「あの日の……新たなる盟約に従って、かい?」

「……ああ、その通りだ。あの日の誓いに従って、さ……」

「なるほど。ついに、誓いを果たす時が来たということか……。それで、具体的にはどうするつもりかな?」

「紫月花の会に対抗するために、我らが、ミーアさまにお味方する。我ら……月光会がね」

「ほう、グロワールリュンヌの後援を紫月花の会が行うように、聖ミーア学園の後援を月光会で行う、と?」

「我ら月光会だけでは足りないだろう。月光会が発起人となり、各貴族家の者たちを味方につけるべきだろうな。ダリオやウロスのような若手の次期当主たちに積極的に声掛けをしていく。すでにブルームーン派の中で、見どころがある者たちには声をかけているんだが、君のところはどうかな?」

 その問いかけに、ニヤリと笑みを浮かべて、ルヴィは言った。

「多分、似たようなものさ。もっとも、我がレッドムーンは、そもそも公爵たる我が父も、ミーアさまへの支持を表明しているからね。そこまで苦労はしないとも。しかし……」

 ルヴィは、そこで足を組みなおし、頬杖をついてサフィアスを見つめる。

「まさか、君のほうから、そんなことを言い出すとは思ってもみなかったよ。ずいぶんと思い切ったものだね」

「なぁに。古代の賢人曰く、新しい酒は新しい革袋に、さ。聖ミーア学園という新しい酒は、新しい革袋に入れないと、袋が破れて台無しになってしまう。仮にミーア姫殿下が紫月花の会すらも味方にできたとしても、聖ミーア学園の後援には、新しい者たちが必要だろうと思ってね」

 ニヤリと笑みを浮かべ、サフィアスは言った。

 ――それに、まぁ……料理会に参加させられるよりはよほど気が楽だし……。

 なぁんて、心の中でつぶやきつつも。

 ナニカ……非常にキケンなナニカを立ててしまった気がしないではないが……。それはさておき。

「まぁ、正直なところ、エメラルダ嬢がいないところで、月光会を名乗るのは、後々で文句を言われそうではあるのだがね」

 サフィアスの苦笑いに、ルヴィは肩をすくめた。

「場合が場合さ。それに、エメラルダ嬢はエメラルダ嬢で、あちらで奮闘することだろうし、我々は、我々にできることをしようじゃないか」


 かくて……、ブルームーン公爵令息サフィアスと、レッドムーン公爵令嬢ルヴィによって、事態は動き出す。

 紫月花の会と月光会、古き者と新しき者との争いは人知れず……当事者筆頭たるミーアですら与り知らぬところで静かに幕を開けたのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] >>「……ああ、その通りだ。あの日の誓いに従って、さ……」 どんどん大事になってきてますね。 世が世なら内紛の一歩手前。 こういう時に次代がみんなミーアを支持しているのは大きい。 改心…
[気になる点] かくて……、ブルームーン公爵令息サフィアスと、レッドムーン公爵令嬢ルヴィによって、事態は動き出す。  紫月花の会と月光会、古き者と新しき者との争いは人知れず……当事者筆頭たるミーアです…
[良い点] そんなことを言うルヴィのほうは、なんというか……生き生きしていた! それはもう、仕事が楽しくって仕方ない、という様子だった! 「そちらは、ずいぶんと楽しそうに仕事をしていて、うらやましい限…
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