第六十四話 器の大きなイエスマン!
急遽決まった昼食会。準備が整うまでの間に、ミーアは急ぎ、パティらと打ち合わせをすることになった。
ちなみに、ヨハンナらの相手は父に任せている。
先ほど助けてやったんだし、そのぐらいはやってもらっても問題ないだろう。
――最低限の打ち合わせをしておかなければ。ヨハンナさん、かなりの強敵ですわ……。
ゴクリ、と生唾を呑みつつ、状況の大まかな説明をする。と、パティはすぐに、心強い頷きをみせた。
「……わかった。特別初等部のみんなにも伝えておきます」
「よろしくお願いいたしますわ。まぁ、あまり緊張せずに。それと、不快なことを言われるかもしれませんけれど、後でなにか甘い物をご馳走するから我慢してくれるように、と言っておいてもらいたいですわ」
そう言うと、パティは小さく首を振った。
「そんなこと言わなくても大丈夫。それにみんな、ドミニク先輩にご馳走してもらう約束をしてたから、食べ過ぎになると思う」
「まぁ、ドミニクさんと?」
意外な言葉に、思わず声を上げるミーア。その隣でエメラルダが訳知り顔で頷いた。
「エシャール殿下にもお聞きしましたけど、ドミニク・ベルマンは、なかなか、評判がよろしい子みたいですわね。ふむ、ベルマン子爵家のことを、少々低く見積もっていたかもしれませんわ」
その内、我がグリーンムーン派閥に勧誘して……などとつぶやくエメラルダをよそに、真剣な顔でパティが口を開いた。
「それより、ヨハンナさんが、どんな狙いを持っているのかを考えておいたほうがいいかもしれない」
「ふむ、というと……?」
ミーアは腕組みし、真剣に考え込んでいる風を装って、即座に先を促す、聞き上手のミーアである。
そう、ミーアは知っている。良きイエスマンになるためには、周囲の知恵ある者の言葉には、きちんと、熱心に耳を傾けなければいけない。
そして、自らの祖母パトリシアは知恵ある者なのだ。
ミーアより若干年下であるのが、多少気になるところではあるが……。そんな細かいことは気にしない、器の大きいイエスマン、ミーアなのである。
「ヨハンナさんの目的は、グロワールリュンヌ校をパライナ祭に出すこと、なのでしょうか?」
パティは、眉間に皺を寄せながら言った。
「中央貴族の常識に照らし合わせれば、そういうことになりますわね。違和感のない考え方だと思いますけれど……」
そう太鼓判を押したのは、帝国貴族令嬢代表のエメラルダだった。ミーアもその意見に賛同するところではあったが、あえて、ここでは口を開かず、聞くに徹する。聞き上手のミーアである。
そんなミーアの目の前で、エメラルダが続ける。
「私とて、もともとはセントノエルではなく、グロワールリュンヌに行きたいと思っておりましたし。プライドの高い中央貴族の者たちであれば、グロワールリュンヌこそが最高の学校だと思っておりますし、選ばれるのが当然だと考えても不思議ではありませんわ」
「だとしたら、もう少し行儀の良い供の者を連れて来るのではないでしょうか?」
パティはそれから、すこぅしだけ不機嫌そうな顔で、
「幼い子どもたちへの乱暴な態度をヴェールガ公国の使者が嫌うということがわかっていないのは愚か者の行い。また、セントノエルの特別初等部の子たちだと知ってなお、態度を改めないのは、さらに愚かなこと。そのような行いをする者を、はたして連れてくるでしょうか?」
パライナ祭にグロワールリュンヌを推そうと言うのであれば、ヴェールガ公国との関係性を軽視するわけがない、とパティは訴えていた。一般的な、蒙昧な帝国貴族であれば、あるいはそういったこともするかもしれないが……。
「ヨハンナさんが、ミーアお姉さまの警戒するような方であるというのなら……あのグロワールリュンヌの教師が目的にそぐわぬ方であるとわかるはず。自分一人で来たほうが、おそらくは上手く立ち回れるでしょう」
「なるほど、確かにその通りですわ……。実に理に適った考え方ですわね」
ミーアは唸る。パティの言うとおり、ヨハンナから受ける印象は、高慢な中央貴族とは少しだけ異なっていた。切れ者の匂いがするというか……手ごわい相手という匂いがプンプンするのだ!
「ならば、ヨハンナさんの真の目的は……」
「あら、そういうことならば、話は簡単ですわよ」
再び横から口を挟んだのは、エメラルダだった。けれど、ミーアはそれを咎めない。我が恐れるは四角いアイツのみ! とばかりに、大概のことはワガママで通せてしまうミーアとは違い、エメラルダは貴族のしがらみの世界に生きる人である。
その意見や分析は大いに参考になるだろう。
ミーアは無言で頷いて先を促す。っと、エメラルダは得意そうに微笑んで、
「ヨハンナさんは単純に、ミーアさまの功績を世に広めることを邪魔したいだけですわ。あの方は、サフィアスさんを次の皇帝にしたいのでしょう。ミーアさまが女帝になる確率を、少しでも低くしたいのですわ」
そう言ってから、ふと、エメラルダは腕組みして……。
「ふむ……しかし、そういうことでしたら、わたくしも黙っていられませんわね。サフィアスさんが皇帝になり、上に立つなどというのは実に業腹でしょうし。それに……」
ドヤァッと笑みを浮かべて!
「私は、ティアムーン帝国初の女帝の親友になると決めておりますの」
胸を張って、言い放った!
「サフィアスさんとルヴィさんも、きっと動いているでしょうし。私たちもミーアさまのおそばで、できる限りフォローすることにいたしますわよ、ね、リーナさん」
そこで、唐突に話を振られて、シュトリナが目をパチクリさせた。
「え、あ、ええ。もちろん、リーナも協力します」
ベルと楽しくお話しすることに注力していたシュトリナは……キリリッとしかつめらしい顔で言うのであった。