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ティアムーン帝国物語 ~断頭台から始まる、姫の転生逆転ストーリー~  作者: 餅月望
第九部 世界に示せ! ミーア学園の威光を!
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第六十話 ミーア姫は怒っていた。ところで余談だが……。

 ミーアは怒っていた。このうえなく怒っていたのだ!

 それは、目の前で行われた非道に対する義憤……などでは、もちろんなかった。頭を打ってうっかり正義に目覚めてしまった、などということも当然ない。言うまでもないことだが。

 ……では、なぜかというと――ところで、これは完全に余談なのだが、ミーアはここ数日、非常に鬱憤が溜まっていた。聖ミーア学園での日々は、ミーアの精神力をゴリゴリッと削っていたのだ。

 念のためにと訪れたルールー族の村では、今まさに、虹色のミーア木像が量産体制に入りかけているのを、寸でのところで止めた(すごく危なかった!)し、皇女ミーア学なる、ミーアの発言から、その深淵なる思考を探るというトンデモ授業を見学した際には、過去の発言の真意を問われ、引きつり笑顔で答えたり、学生たちの忠義の産物的なナニカの数々に、思わず胃もたれを覚えたり……。

 ともかく! 非常に!! 鬱憤が!!! 溜まっていたのだ!!!!

 ……まぁ、だから、どうということはないのだが、ともあれ……そんなミーアが、

「うう、つ、疲れが取れませんわ。でも、もうすぐランチの時間ですし……食堂であまぁい物をたぁっぷり食べて午後に備えねば……ううぅ……」

 そんな、空腹の、ミーアが、見てしまったのだ!

 特別初等部の子どもたちを、大人げなくもイジメようとする男の姿を!!!

 ――くぅっ! この期に及んで、これ以上の問題を起こそうなどと……ばっ、万死に値しますわ!!

 ただでさえ、特別初等部の子どもたちが、この帝国で嫌な目に遭ったら一大事なのだ。ラフィーナに知られれば、

「そう。それは、良くないことね……それで、ミーアさん。責任者の方には、きちんと責任を取っていただいたのかしら?」

 などと、涼やかな笑みを浮かべながら、ちょっぴり獅子耳がチラリしてしまうかもしれないではないか!

 それに、ミニ司教帝ことレアもこの場にはいる。リオネルやユバータ司教など、ヴェールガ関係者もいる以上、誰にどう情報が伝わるかわかったものではない。

 あのような非道など、言語道断!

 ミーアは、念のため、男の顔を確認……見覚えがないけど、嫌な奴っぽい! 蹴りあげてやっても問題なし、と判断!

 正義は我にあり! ちょうど良い鬱憤晴らしに、お尻を蹴っ飛ばしてやりますわ! とばかりに、ズンズン歩み寄っていき……。

「あら。いったい、なんの騒ぎかしら? このようにわが校の前で……しかも、子どもたちの前で……」

 穏やかに、いっそ、優しく感じられるほどの口調で、語りかける。

「そのように大声を出すものではありませんわ。客人が、怖がってしまいますわ。この子たちはセントノエルの……聖女ラフィーナさまの寵愛厚き子どもたちなのですから……」

 さらりと、厳かな顔で、獅子なる聖女ラフィーナの威光を身にまとう!

「あまり、帝国貴族の品位を傷つけるようなことをするべきではない、とわたくしは思いますけれど……」

 今すぐにでも蹴り上げてやりたい衝動を堪えつつ、男を睨みつける。

 男は、ああん? っとミーアのほうに目を向けると、直後、ハッとした顔をして……。

「あっ、こ、これは、大変失礼を……ミーア姫殿下……私はっ!」

「ミーア姫殿下、ご機嫌麗しゅう」

 男の言葉を遮るようにして、艶やかな女性が進み出た。男のほうに怒りと注意を向けていたミーアは、一瞬、不意を突かれた。

 ――あら、これは……。まさか、ブルームーン公爵夫人自らがいらっしゃるとは……。これは少々意外でしたわね。

 そう思いつつも、スカートをちょこんと持ち上げて挨拶する。

「ご機嫌麗しゅう、ブルームーン公爵夫人」

「ほほほ、お変わりないようで、なによりじゃ。ミーア姫殿下」

 上機嫌に微笑んで、ブルームーン公爵夫人ヨハンナは言った。

 ちなみに、ミーア個人としては、ヨハンナのことをそれほど嫌ってはいない。ごく普通の親戚の女性という感じである。どちらかというとわかりやすく、からっとした印象で、それほど厭味な人という印象もないので、自然とその表情は柔らかくなる。

「ええ。過日は、盛大な誕生パーティーを改めて感謝いたしますわ。サフィアス殿やレティーツィアさんにも、いつも良くしていただいておりますわ」

 そこまで言ってから、ミーアは表情を引き締め、上目遣いに見つめる。

「それで……この聖ミーア学園に、なにかご用ですの?」

「いや、なに。こちらに陛下がおわすとお聞きしたゆえ。一言ご挨拶をと思ったまでのこと。それと、ミーア姫殿下の肝いりという学園を、妾も一度見てみようか、とな」

 扇子を取り出し、パタパタとあおぐ。

「それで、陛下はいずこにおられるのかえ? ご挨拶をせねば。それに、ここは暑くてかなわぬ」

 そうして学園に入って行こうとするヨハンナに、ミーアは言った。

「ええ、もちろん、ご案内いたしますわ。けれど……」

 っと、一度言葉を切ってから、

「その前に、そちらのお供の方には謝っていただきたいですわね」

「へ……?」

 ミーアが鋭い視線を向けたのは、男のほうだった。

 さすがに、ブルームーン公爵夫人を責めるようなことはしない。今後のことを考えて、きちんと勢力の切り分けを図っておく。ヨハンナのお供でやって来たとは言え、この男とヨハンナは別に扱う、とはっきり示しておくのだ。

「どこの方なのかは知りませんけれど……」

「ああ、この者はグロワールリュンヌの教師じゃ。我がブルームーン公爵家の縁戚であるフーバー子爵じゃ」

 フーバー子爵、と呼ばれた男は、深々と頭を下げる。

「以後、お見知りおきを。ミーア姫殿下。我がフーバー子爵家は、グロワールリュンヌにて長く教鞭をとっております」

「ほほう、グロワールリュンヌで……」

 ミーアは静かに男を見つめてから、思わず唸る。

 ――なるほど、この方が、サフィアスさんのお手紙にあった方なのかしら……?

 首を傾げつつも、とりあえず、先制パンチ、とばかりに釘を刺しに行く。

「教師と言うのであれば、しっかりと礼儀を心得ているでしょうし、安心しましたわ。ならば、わかりますわよね? 悪いことをした時に、どうしなければならないか……。それに、この子どもたちがヴェールガ公国の庇護下にある子どもたちであるというのが、どういう意味を持っているのか……。その子たちに、どのような態度を取ればいいのか、ということも」

 腕組みしつつ、ミーアはジロリ、と睨みつける。けれど……。

「おお、なんと。知らなかったこととはいえ、それは大変な失礼をしてしまったものじゃ」

 いささか、芝居がかった声を上げたのは、ヨハンナのほうだった。

「皇女殿下たるミーア姫殿下のお客人に、そのような無礼を。従者の罪は、主の罪であろ。妾の供が、すまなんだ。許してたもれ」

 そうして、ヨハンナは素直に子どもたちに頭を下げる。それを見て、ミーアはまたしても意外な想いに囚われるが……。

「さて……これで、よろしいかえ? ミーア姫殿下」

「え……ええ。そうですわね。それでは、ご案内いたしますわ」

 毒気を抜かれたミーアは、しぶしぶ頷く。それから、特別初等部の子どもたちに目を向けた。

「大丈夫? 帝国の貴族が、大変申し訳ないことをしましたわ」

 その言葉を受けて、子どもたちは、ビックリした様子で、それから、慌てて首を振った。

「……大丈夫。ドミニクさまが、守ってくれました」

 代表して、パティが報告してくれる。静かな瞳でジッと見つめてくるパティを見て、ミーアはその真意を悟る。

 ――信賞必罰ですわね。なるほど、確かにその通りですわ。

 それから、ミーアはニッコリ笑みを浮かべて、ドミニクのほうを見て。

「ドミニクさん。特別初等部の子どもたちを守ってくれましたのね。感謝いたしますわ」

「なっ! なぜ……どうして、俺のことを……」

「ベルマン子爵のご子息、ですわよね? もちろん、存じておりますわ。ミーア学園の生徒として、よくやってくれましたわ」

 優しい口調で言って、それから踵を返した。

 そうなのだ、ミーアは、彼、ドミニクが何者なのか、きちんと知っていたのだ。

 なにしろ、彼は、例のヤベェ小麦畑のアイデアを出した要注意人物である。チェックしていないわけがないではないか!

 ミーアは、学園に来た初日に、ガルヴからそのことを聞き出しており、それが、あのベルマン子爵の息子だと聞いて、ギリギリと歯ぎしりしたものだった。

「ぐ、ぐぬぬ、ベルマン子爵も厄介な方でしたけど、その息子が、まさか、あのようなことを企もうなどと……」

 なぁんて、憎々しく思っていたのも今は昔……。

 ――帝国貴族に嫌がらせを受けたけれど、それを守ったのも帝国貴族だった。となれば、まぁ、ある程度の悪評は相殺されるのではないかしら……。

 腹の中で、そんなことを思いつつ、ミーアはヨハンナたちの案内に戻った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] >目の前で行われた非道に対する義憤……などでは、もちろんなかった。頭を打ってうっかり正義に目覚めてしまった、などということも当然ない。 >ともかく! 非常に!! 鬱憤が!!! 溜まっていた…
[一言] セントノエル関係者いる所で問題おこされると、ミーアが苦労するから、八つ当たり含めていつも以上に怒るのは仕方ない。 傍目にはミーアもドミニクも、よい王侯貴族の例でしかないから、評判はあがります…
[良い点] ほとんど八つ当たりかい(笑)。 他人の顔と名前を覚える時って、良い事をした時よりもやらかしてくれた時の方が鮮明に覚えられますからね。 ドミニク君とフーバー子爵のこれからに幸あれ。
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