第五十八話 紳士的にわからせる!
特別初等部の子どもたちは、ちょうど、建物の脇にある虹色のミーア木像を眺めているところだった。それは、ルールー族の紛争の際、和解、並びに皇女ミーアへのお礼の印として、ルールー族から贈られたものだった。
本来、それは、父であるベルマン子爵の敗北の証ともいえるようなものであったが、ドミニクは気にしていなかった。むしろ、聖ミーア学園が、紛れもなく帝国の叡智ミーアの建てた学園なのだと表しているようで、それを見るといつも、誇らしい気持ちになるのだ。
なので、子どもたちが、像を前に感嘆の表情を浮かべていることに、少しだけ満足して……。それから、キリリッと表情を整えて歩み寄る。
「こんにちは、セントノエルのみなさん」
『セントノエルの』を、あえて強調する、ちょっぴりアレなところのあるドミニクである。
子どもたちの視線が集まったのを確認してから、彼は胸に手を当てた。
「俺は、ドミニク・ベルマン。ベルマン子爵領の領主、ベルマン家の長男にして、この聖ミーア学園の! 二年生だ」
堂々たる名乗りを上げ、華麗に頭を下げる。
基本的に、特別初等部の生徒に対して敵対的な彼であるが……、他ならぬミーアから、お願いされている。乱暴な態度を取るわけにもいかないし、露骨に見下すようなことももちろんしない。あくまでも紳士的に礼を尽くす。
聖ミーア学園の生徒である以上、学園の名を汚すような真似はできない。
そのような態度を取りつつも……どちらが帝国の叡智の生徒に相応しいかを、きっちりわからせようというのだ。
「あっ、えと、はじめまして……ヤナです。こっちは弟のキリルで……」
反射的にそう返してきたのは、一人の少女だった。額に特徴的な刺青がある、美しい少女だった。
――ふん、まぁ、月の美しさを誇るミーア姫殿下には劣るけど……。
海月の美しさを誇るミーアを、そんな風に評してしまうあたり、ドミニクの審美眼は大いに曇っているようだが……まぁ、それはさておき。
続く子どもたちの自己紹介を受けて、うんうん、と頷く。
ガキ大将っぽい雰囲気なのはカロン。頭が良さそうな眼鏡の少年がローロ。それに、ミーア姫殿下に少しだけ雰囲気が似た少女がパティ。
他にも年少組が何人かいたが、とりあえずは、年長組のほうをわからせてやればいいだろう、と判断。視線をそちらに向ける。
「その像が気に入ったのかな?」
「はい。とても綺麗な像だなってみんなで話をしていて……」
「そうかそうか。ふふふ、それは聖ミーア学園を象徴するような像だよ。この像の由来は知っているかな?」
彼の問いかけに、フルフルと首を振る子どもたち。そんな彼らに、ドミニクは丁寧に、朗々と、語る。
ミーアがここで成したことを……。この森に訪れた奇跡の逸話を。
「……そうして、我がベルマン家の過ちを正し、森でのいさかいをおさめてくださった。その時の出来事を参考に作られているんだ。ちなみに、この七色に輝く木は、静海の森にある木で、よく磨くとあんな色になる。我がベルマン子爵領の特産品にならないかと今、相談しているところで……」
などと、小さい子どもでもわかるように、わかりやすく丁寧に解説してあげる。
無論、わからせるためである!
「ところで、FNYミーアランドはどうだったかな? 子どもでも楽しめるものもあったと思うけど」
次に視線を向けたのは、幼年の子どもたちのほうだった。怖がらせないように膝を屈めて、視線を合わせる。
常に紳士であることを心掛ける。あくまでも優しく、丁寧に……格の違いをわからせてやるのだ。
悪辣な態度、蔑むような態度を取れば咎められる。されど、丁重に、紳士的に、事実のみを親切に教えてあげるだけならば、なにも咎められることはない。そうやって格の違いを見せつけてやれば、誰からも文句を言われる筋合いはないのだ!
それはかつて、ティオーナ・ルドルフォンに向けて、どこかの姫殿下が取ったような態度に、少しだけ似たものであった。聖ミーア学園にしっかりと受け継がれるミーアのやり口である。
それはさておき……。
「えっと、すごく楽しかったです。いろいろなミーアさまの像があって……」
「あの畑のアートも素晴らしかったです」
その答えに、彼はパァアッと顔を輝かせた。
「ふっふっふ、実は、あのアイデアを出したのは、他ならぬ俺なんだ」
「えっ……そうなんですか?」
「そうだ。小麦畑に小麦以外のものを植えると聞いて、それで絵にしてみたらいいんじゃないか、と思ってね」
丁寧に、優しく解説しつつ、お前たちよりも、俺たちのほうがすごいんだぞぅ! っと、気持ちよーくわからせてやっているところで……。
「んっ?」
ふと、彼の耳がこちらに近づいてくる音を捉えた。それは、連なるようにして、向かってくる馬車の音で……。視線を向けると、馬車の一団が、走ってくるのが見えた。
「あれは……?」
先頭を行く豪奢な馬車に、かすかに眉をひそめるドミニクであった。




