第五十七話 ミーアの忠臣なのである
帝国の叡智ミーア・ルーナ・ティアムーンが個性を好む人だというのは有名な話である。
彼女は、人間を形作る様々な人格を許容するだけでなく、それを愛し、その違いを重んじた。
「様々な違いは、可能性の多様さを生む。いろいろな問題に対処し、ギロち……悲劇を回避し、より良い未来を迎えるためには、さまざまな人材が必要となるのは自明のことですわ」
そんな言葉が、ミーアの発言として残されている。
さて……そんな「個性」を愛するミーアの学園、聖ミーア学園だが、そこに通う者がすべて品行方正、一律的にミーアに絶対なる忠誠を誓う者たちだけである……と考えるのは、ある種の矛盾のある話であって。
当然、ミーア学園にも様々な考えの学生が通っているのであった。
ミーアの言葉を聞きながら、特別初等部の子どもたちに鋭い視線を送る少年の姿があった。彼の名前はドミニク。ドミニク・ベルマン、十四歳。そう、あのベルマン子爵の長男である!
もともと、グロワールリュンヌ学園に通っていた彼であるが、父の命令により、この聖ミーア学園に転校させられていたのだ。
……最初、彼はふてくされていた。
なぜ、中央貴族の子弟が通う名門校から、こんな辺境の新設校に転校させられなければならないというのか。しかも、生徒の中には、辺土伯の息子や近隣のルールー族の子ども、さらには孤児院出身の者たちもいるし、講師の中にすら貴族でない者がいるというではないか。
いかに皇女肝いりの学園だといっても、あんまりではないか! などと……憤っていたのも、今は昔。その状況には、いくつかの変化が訪れていた。
一つは、中央貴族、ローゼンフランツ伯爵家令嬢ペトラが入学してきたこと。
別に恋などではないのだが、伯爵家の令嬢が入ったことに彼は驚いた。
「……まぁ、ミーア姫殿下のご機嫌取りかなにかだろう」
などと冷めた目で見ていた彼であったが、さらに仰天させられることになる。なんと、ほどなくしてサンクランド王国の第二王子エシャールまでもが、入学してきたのだ。
「たっ、大国サンクランドの第二王子が、なぜ、こんな片田舎の学校に……?」
しかも、王子を連れてきたのは、帝国四大公爵家令嬢、エメラルダである。どちらも、ドミニクにとっては雲の上の存在だ。
そんな人たちが、平然と訪れるこの学園はいったいなんなのか……。少年の頭には、やがて、劇的なパラダイムシフトが訪れる。
すなわち……。
「この聖ミーア学園って、もしかして、大国の王子殿下が通うほど、すごいところなのかも……?」
エシャールの存在は、彼のかけていた色眼鏡を外させ……否、曇らせた!
すごい学園だと思って見てみれば、確かに、ミーア学園に集う生徒たちは傑物揃いであった。
植物の知識に長じたセロ・ルドルフォン。万能の才女セリア。さらに、木像加工……もとい、木材加工に才能を開花させつつあるワグルなどは言うに及ばず。
それ以外の者たちも、顔つきが違う! 目つきが違う!! 熱意が、まるで違う!!!
皇女ミーアに見出された孤児たち、この学園で学び、成長し、いつか、姫殿下の役に立ちたいとの思いを持った者たちだ。その溢れ出る熱に、彼はあてられた。
それは、かのグロワールリュンヌでは決して感じられないものだった。
そして、幸いなことに彼は……まだ若かった。
諦めに身を委ね、冷笑を浮かべる大人ではなかった。擦り切れ疲れた大人でもなかった。
青春の真っただ中で、溢れる活力を持て余した少年が、燃えるような情熱のただ中に投げ入れられたらどうなるか……。
ドミニクは感化された。絶対に自分もこの学園で功績を挙げてやる……そんなやる気を刺激された彼は、真剣に"学業"に取り組むようになった。
ちなみに、ミーア学園で言うところの"学業"という言葉は、半分はもともとの意味であり、もう半分は「帝国の叡智の偉業を学ぶ」という意味であったりするわけで……彼は熱心に、その"学業"に取り組んでいるのだが……。まぁ、それは別に良い。
ドミニクは、アイデアマンだった。
植物学を深く学ぶでもなく、事務作業に優れているわけでもなく、職人の技術に才能を発揮するでもない。彼が得意としたのは、発想力。既存の知識を下敷きに、それにひと手間加えることで、新たな価値を生み出す……そのような才能だった。
そんな彼の生み出したものこそが……そう「小麦畑ミーアート」であった!
父子ともども、ミーアの天敵なのである!
……そして、まぁ、これは余談なのだが、ミーア亡き未来において、ベルを救ったのも他ならぬドミニクであった。
彼は、皇女パトリシャンヌの「自らを囮とすることで,娘を助けようとする作戦」に全面的に協力。子爵領の私兵団とルドルフォン辺土伯の残党とを糾合した大規模な陽動・遅滞作戦を成功させ、司教帝の軍を見事に欺いてみせた。
そして、自らは、その戦いで戦死することになった。
……父子ともども、紛れもなく、ミーアの忠臣なのである。
そんなドミニクであるがゆえに、セントノエル学園特別初等部の子どもたちには敵愾心を燃やしていた。敵愾心というか、ライバル心というか……。
すでにミーアたち一行が来てから四日が経っていた。その間、彼はずっと特別初等部の子どもたちを観察していた。
――ミーア姫殿下の寵愛を受けた……セントノエルの孤児たち。いつでも、ミーア姫殿下のお話しを聞ける環境にいるなんて、なんてズルいんだ。
しかも、相手は、まだ、なんの手柄も立てていないのだ。
――ふん。ミーア姫殿下は、将来に期待するようなことを言っていたけど……少しばかりいじめて……じゃない。教育的な指導をしてやるか……。
そんなことを考えて、彼は、見学中の特別初等部の子どもたちを探し始めた。




