第百十四話 ミーア姫、誘拐事件!
――金剛歩兵団が兵を惜しんで、戦いを躊躇うことは十分に理解できるが……。その状況を一瞬で看破するなんて、さすがにミーア姫だな……。
感心してミーアの方を見るシオン。
ミーアは、切れ者の風格など微塵も感じさせることのない、ぽやーっとした笑みを浮かべて、商人に手を振っていた。
その顔はどちらかというと……、いや、あえて言うまい。
――知恵持つ獅子は鋭き爪を隠すと聞くが……。なるほど、この普段の何も考えていなさそうな姿も演技ということか……。
「お世話になりましたわ。ムジクさんにもよろしくお伝えくださいな」
「おー、お嬢ちゃんたちも、仲間と会えるといいな」
ぶんぶんぶんっと手を振った後、ミーアはシオンの方を見た。
「ところで、こうして町まで出てきたのはいいのですけど、これからどうしますの?」
きょとりん、と首を傾げるミーア。
そのいかにも「なーんも考えずに聞いてますー」という姿に、わかっていても騙されそうになるシオンである。
「そうだな……、とりあえず、キースウッドたちと合流したい」
事前に、はぐれた際の合流場所は決まっていた。
先ほど商人に聞いたところ、合流場所までは、ここから馬車で半日ほどの距離だという。
「幸い、乗り合い馬車が定期的に出ていると言うが……」
苦々しげにつぶやくシオンを見て、ミーアは、ふいに悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「あら、シオン、あなた、もしかして持ち合わせが?」
「金の類はすべてキースウッドに預けてある」
「まぁ!」
口に手を当てて、むふふ、っと笑ってから、
「もう、仕方ありませんわね」
偉そうに言うと、ミーアはその場にしゃがみこんだ。
それから、おもむろに白い靴下をおろす。
露になった白く幼いふくらはぎには、銀色に輝く硬貨が、片足につき銀貨が三枚ずつ張り付いていた。
「それは……?」
「もしもの時の備えですわ。靴の中というのも考えたのですけれど、歩きづらくていけませんでしたわ」
前に試してみたが、危うくマメができてしまいそうになった。
「だが、なんでそんなところに?」
「むろん、簡単に盗られないために決まってますわ!」
それは、過去の経験に基づいた、ミーアなりの備えだった。
前の時間軸、革命軍の手に落ちたミーアは、身に着けていた金目のものはすべて奪い取られてしまったのだ。
まさか、こっそり隠していた金貨袋の場所を、
「もっ、もう何も持ってませんわ! ホントですわっ!」
「嘘つけ、ちょっとそこで跳んでみろ!」
『チャリチャリ!』
「音がするぞ。お前、まだ持ってるだろっ! いいから全部出せっ!」
などというやり取りで見つけられてしまうとは、思ってもみなかったのだ。
――まさか、あんな方法があるとは……。勉強になりましたけれど……、すっごくムカつきましたわ!
あの、人を小ばかにするような、革命軍の兵士の嫌らしげな笑み……思い出すだけで腹が立った。
――ともかく、同じ轍は踏みませんわ! 音の出ない場所で、あの時、探られなかった場所、しかもすぐに取り出せる場所となると、やっぱり靴下の中がよろしいんじゃないかしら?
なーんにも考えていないように見えても、少しは考えているミーアである。そう、少しは……。
しかも、革命が起きた時にスムーズに逃げられるように周辺諸国の硬貨を集めていたのも、今回は幸いした。
きちんと、レムノ王国の銀貨を用意してきているのだ。
ルードヴィッヒあたりは、ミーアが各国の金貨の金の含有率を調べ始めて、周辺諸国の事情を探っているのでは、などとあらぬ想像をして、勝手に慄いていたりするのだが……。
そんなの知ったこっちゃないミーアである。
――本当は、ムジクさんにもお礼に一枚ぐらいお渡ししたかったんですけれど……。
ミーアは手のひらの上の銀貨を大切そうに撫でてから、
「これで馬車に乗ることはできるかしら?」
「さすがに用意がいいな」
シオンはミーアの手の中にある銀貨をのぞき込んで、小さく首を傾げた。
若干、不安そうである。
「たぶんそれだけあれば大丈夫なのだろうが……」
なにしろ、大国の王子と皇女である。乗り合い馬車の相場など、わかろうはずがない。
ミーアとて、何かあって帝都を脱出する際には忠臣アンヌかルードヴィッヒが随伴している予定である。
馬車の乗車賃の相場まではさすがに調べていなかった。
「交渉は任せてもよろしいのかしら?」
「そうだな……。レディに銀貨を払わせておいて、俺の方は何もしないというのは、ちょっと格好悪いからな」
そうは言いつつも、微妙に不安げなシオンである。
普段とは違って自信なさげなその顔が、ちょっぴり可愛く感じてしまうミーアである。
――うふふ、完璧超人のコイツでも、苦手なことってあるんですのね。
そんなことを思いつつ、御者のところに行くシオンの背中を見送っていたミーアだったのだが……。
急に、ミーアは後ろから抱き上げられた。
「はぇ? んんぅっ!?」
次の瞬間、その口を微妙に湿った布が覆った。
手足をばたつかせるミーアだったが、直後に、漂ってきた甘い香りに、頭がポーッとなってしまって……。
「急げ、もう一人のガキが帰ってくる前に行くぞ」
ぼんやりと夢見心地ながらも、自分がひょい、っと抱えあげられたことを感じて……。
――あっ、あら、わたくし、これは、まずい……の、で、は?
「ミーアっ!? くそっ、お前らっ!」
遠くの方、シオンの声が聞こえたような気がしたけれども……。
ミーアの意識は暗い闇の中へと落ちていった。
こんにちは、餅月です。いつも応援コメントありがとうございます。
ということで、火曜日更新です。
運動能力・格闘能力はからきしなミーア姫ですが、はたして無事に生き残れるのか……。
そもそも彼女をさらったのは何者か……!?
では、また金曜日にお会いできると嬉しいです。