第五十三話 計算が、間違っている!
さて、その日は、ユバータ司教たっての希望とあって、ミーア学園の図書館の見学をすることになった。
「どのような本を揃えているのかによって、学園の思想が見えてくるものですから」
さすがは、神聖図書館館長、本には並々ならぬこだわりがあるらしい。
聖ミーア学園の図書館は、周りの建物と同じく、六角形を基本とした建物だった。六つの六角形を繋げた、大きな建物だ。
「それでは、どうぞ。ごゆるりとご見学ください」
そう微笑むのは、学長ガルヴだった。なんと、学長自らが案内を買って出てくれたらしい。
ガルヴの後について図書館に入ったミーアは、収蔵された本の多さに、おお、っと声を上げた。
「なかなかの冊数が揃っておりますわね。むっ! あれは、名著『森の生存術』ではありませんの? わたくしも、非常に参考にさせていただきましたわ」
「ほほう、さすがにお目が高い。あの本は、森に溶け込んで生活する際には、非常に参考になるものでしてな。特に山菜とウサギ鍋に関する項が秀逸で……」
などと、すっかりガルヴと意気投合するミーアである。
っと、そんな時だった。ふと、ミーアは、図書館の中に空いているスペースを見つける。とても目立つ、良い場所なのだが……。
「あら、ここには本が入っておりませんの?」
「ああ、そちらですかな? そこには、将来的には、ミーア姫殿下に関連する本を並べてみてはどうか、と思いましてな。こう、背が高い本棚をいくつも並べて、大々的に……」
ガルヴのその言葉に、ミーア、思わず、笑顔を引きつらせる。
「わっ、わたくしに、関する本を……」
「はい。我が弟子ルードヴィッヒに、今度、ミーア姫殿下の言行録を書くよう持ち掛けようと思っておりましてな。それに、姫殿下のお抱え作家であるエリス嬢も、なにやら、皇女伝を作成中とか……」
「よっ、よくご存じですわね、おほほ……」
などと笑いつつも、ミーアは、ゾォっとする。
――皇女伝が、ここにずらぁっと並んでるのは、さぞや恐ろしい光景でしょうね……。中身が正確に書かれているならばまだしも、エリスの本は、時に誇張が過ぎることがございますし……。
「ミーア姫殿下の人物伝ですか。それは、ぜひ読んでみたいですね」
興味津々に言うユバータ司教に、おほほ、と笑って誤魔化して、
「それよりも、どうかしら、ユバータ司教。本の揃えは……」
そう問えば、ユバータ司教は難しい顔で頷いて。
「さすがは、賢者ガルヴ殿が学長をなされているだけはありますね。素晴らしい揃えです」
彼は、手近の本棚へ行き、
「高等算術の本も新しい本が揃っていますし。それに、この神学書はヴェールガ公国にも何冊もない、賢人アインザイアの書ですね。なかなか値が張ったのでは?」
「我が弟子たちの寄贈でしてな。すべて読んで暗記してしまったから、コレクション以上の意味はない。だから寄贈する、などと言っておりました」
ミーア、分厚い本を何とはなしに眺めてから……。
――あんな分厚い本を暗記するとか……さすがはガルヴさんのお弟子さんですわね。ものすごい記憶力ですわ。
基本的に、テスト勉強はすべて暗記戦術で乗り切っているミーアである。あの本の厚さすべてを暗記しようと思ったら、どれほどの労力が必要か、瞬時に察することができるわけで。
――暗記には、パンケーキ三十枚……わたくしのオヤツ三日分といったところではないかしら?
……どこかで、計算が致命的に間違っているような気がしないこともないのだが、ツッコミを入れられる者はどこにもいないのだ。
「この図書館の本に、いつでも触れられる子どもたちは幸せですね」
ユバータ司教のその言葉に、ミーアはふと思う。
――あら? この話題……、もしかして、例のお願いを申し出るチャンスなのでは?
例のお願い、すなわち……。
「ふふふ、ユバータ司教にそう言っていただけると、わたくしも鼻が高いですわ。ところで、ユバータ司教、わたくし、ヴェールガ公国にも素晴らしい図書館があることを存じ上げておりますのよ?」
ミーアは穏やかな笑みを浮かべて言った。
「神聖図書館、あなたが館長を務めるかの図書館には、さまざまな国から時代を問わず、たくさんの本を集めているとお聞きしておりますわ」
「ええ。そのとおりでございます、ミーア姫殿下。なにしろ、例の者たち……」
そこでチラリ、と、ユバータ司教はガルヴのほうに目を向けた。
「ああ、混沌の蛇という者たちについては、聞き及んでおります。我が弟子に限ってそのような思想に染まることはないとは思いますが……もしも、学園内にそのような思想が入り込んでは大変ですのでな」
その答えにユバータ司教は頷いてから、
「私は、混沌の蛇に対抗するために、知識は欠かすことのできぬものと考えます。相手を知らなければ対処のしようがないというのが、世の真理ですから。地を這うモノの書は、世の知識を集積し、どんどん成長を繰り返してきた知識の書。ならば、それに対抗するために、我らも知識を収集することが大切だと心得ております」
「ええ、知識はとても大切な物ですわ」
ミーアはしかつめらしい顔で頷いて……。
「実は、わたくし、どうしても知りたいこと……知らなければいけないことがございますの。ユバータ司教、わたくしたちに、神聖図書館への立ち入りを、許可していただけないかしら?」
思い切って、切り込んだ!
来週の更新はお休みにします。
ミーアが頭を使い過ぎたので少し早めの春休みですね。
よろしくお願いいたします。




