第五十二話 我、確信す、一日のカロリーを消費しきったと……
皇帝マティアスの権威によって、紫月花の会の行動を牽制する……という計画が見事に失敗してしまったミーアであるが……そこは慌てず騒がず。
優雅な朝の時間……アンヌに髪を整えてもらっている最中に、のんびり考える。
――まぁ、ブルームーン公爵夫人とグロワールリュンヌ学園の講師が会っていたというだけで……別になにか深刻なことが起きているわけでもありませんし……焦る必要はありませんわね。
かつて、ミーア学園に対して妨害工作を働いたエメラルダの時と違い、具体的な妨害を受けたわけではないので、それに対応するような動きをすることもできない。となれば、できることは少ない。
そう判断したミーアは、地道かつ堅実な手を打つことにする。すなわち……。
「まず、サフィアスさんにお返事を出すべきですわね」
小さくつぶやく。
問題となっているのは、他ならぬサフィアスの母である。止めてくれれば、それで問題ないのだが……。
「まぁ、わたくしに連絡してきた以上、難しいということですわね」
ミーアの味方になるよう、貴族の子弟たちの支持を固めているサフィアスではあるのだが、あまり、武闘派という印象はない。一方で、話に聞く限り、ヨハンナという女性は、ゴリゴリの武闘派だ。
サフィアスが逆らおうものなら、折檻されて、あっさり折れてしまいそうな気がした。
「まぁ、サフィアスさんですし、それは仕方のないことですわ」
本人が聞いたら、いささか憤慨しそうなことをつぶやいて、ミーアは思考を進めていく。
「それに、イエロームーン派閥……。ううむ……リーナさんに言っておけば、大丈夫だとは思いますけれど……。紫月花の会と関係が薄いことを、どう考えればよいかしら……」
正直、影響は受けづらいのだろうが、一方で紫月花の会を分断するためには、あまり役には立たないかもしれない。
余談だが……最近のミーアのマイブームは、分散とか拡散とか、分断とか、である。
「恐ろしいものも、散らし薄めてしまえばよいのですわ。そうすれば、恐れるに足らず、ですわ。わたくし、聖ミーア学園でついに、物事の真理を学びましたわ!」
なぁんてことを思っていたわけだが……。
そんなミーアが拡散すれども薄まらない……どころか、むしろ散っていった先でより濃さを増し、増殖していく例を目の当たりにするのは、もう少し先のことだった。
それを目撃したミーアは、あまりの惨状に……。
「こっ……こわぁ!」
とつぶやくことになるのだが、まぁ、どうでもいいことなのであった。
「分断して、できれば内部で牽制しあうようになってくれれば、良い足止めになるのですけど、そのためにはローレンツ殿自身よりも、イエロームーン派閥の他の貴族に期待するべきかしら……。まぁ、無理にイエロームーン派閥の貴族に期待せずとも良いですけれど……。あとは、ルヴィさん……それに、レッドムーン公にも話を通すべきですわね」
どちらかと言うと、レッドムーン家のほうが、紫月花の会に伝手がありそうではあるが……。
「まぁ、分断できなかったとしても、やることは決まってますし……」
貴族に対しての戦い方は、とてもシンプルだ。すなわち、相手より多くの味方を集めて、支持を固めてしまうことである。
「辺土伯は、根本的に紫月花の会とは関係ないでしょうし……。ルドルフォン辺土伯は、聖ミーア学園の側で動いてくれるはず……ギルデン辺土伯も、おそらくは味方をしてくれるのではないかしら?」
他にもサンクランド、ヴェールガなど、帝国貴族に無視できぬ影響力を持つ国の知己にも連絡を取る必要があるだろうか。
「シオンもこちらで合流する手はずになっておりますし……いえ、その前に、エメラルダさんを通して、エシャール王子に話を通しておくべきですわね……エメラルダさんといえば、グリーンムーン派の動向は微妙なところですけど……どうなのかしら。自分のところで預かっているエシャール殿下が通っている学園である以上、あまり悪しざまには言えないはずですし……」
もし仮に、グリーンムーン公がミーア学園を否定でもしようものなら、サンクランド貴族から一斉に反感を買うだろう。
自国の王子殿下を、なんてとこに通わせてんだ! と。
実際、FNYミーアランドや畑アートを見た後だと、ミーア的にも、なんてとこに通わせてんだ! と思わないではないのだが……まぁ、それはさておき。
「グリーンムーン公自身のお考えもわからないですけど、ガヌドスでは多少の貸しは作れているはず……となれば、案外その方向で紫月花の会の分断は可能か……」
いずれにせよ、ここは持てる人脈のすべてを使って対処すべきだと判断。各所への手紙を出すようにルードヴィッヒに指示を出したところで、ふーうとため息を一つ。
「なんだか、今日すべき仕事はすべてやり切ったような気がいたしますわね……」
頭脳労働の時間は、正味半刻ほど。それで、一日の労働に用いるカロリーのすべてを消費した気分になっているミーアであったが……。
「けど……そうも言っていられませんわね。今すべきことを、きちんとやらなければ……」
そうして、ミーアは部屋を後にする。
今すべきこと、すなわち、ユバータ司教の学校見学に同行するために、である。




