第五十話 たっぷり、たっぷり!
その日、ミーアたち一行は、聖ミーア学園内に泊まることになった。
当初は、FNYミーアランドまで戻るか、あるいは、ベルマン子爵領へと戻ることも考えたが……。
「せっかくですし、ミーア学園に泊まっていくのがよろしいのではないかしら。そのほうが、明日も朝から見学できるでしょうし。それに、明日はルールー族の森にも行って、みなさんに挨拶したいですわ」
森の木をもっと大切にするように言っておきたいミーアである。
無駄に、皇女の彫像とか、作ってんじゃねぇぞ! っと釘を刺したいミーアである。
あの七色に光る木は神からもらった宝物なんだろう! 雑に使うなよ! っと強く注意を促したいミーアなのである!
幸いなことに、学園内にはきちんと寮が完備されていた。これも、例の六角形の小屋である。
割り当てられた部屋の中に入って、ベッドの上にポーンッと飛び乗ったミーアはほーふ、と一息吐く。
「ふむ、これが子どもたちが寝起きしている場所なんですわね。セントノエルよりは少々、狭いですけど、でも、良いお部屋ですわ」
というか、面白い部屋だった。普通の四角形の部屋より、ちょっぴり広々としているような……。
「騎馬王国の幕屋を思い出しますわね」
「お疲れさまでした。ミーアさま」
アンヌに声をかけられて、ミーアはニッコリ笑みを浮かべる。
「うふふ、アンヌもお疲れさまでしたわね。それに、ありがとう。先ほど、ミーアランドで、忠告してくれなかったら、宴会料理がたっぷり食べられないところでしたわ」
アンヌの忠言通り、ミーア学園では、宴会の準備ができていた。
校庭にいくつか焚火を作り、そこで、肉や野菜を焼いて食べるのだ。
焼き立ての、肉汁たっぷりのお肉の美味しさは言うに及ばず。焼いたフルムーンポテトにバターを乗せ、それがジュワッと溶けたところに、塩気の強いソースをかけ、ほふほふ言いながら食べるのは、言葉にならない感動だった。
――それに、あの、マッシュマナとか言う、白いフワフワのお菓子を焚火で炙ったものも実に美味でしたわ。熱々で、とろとろにとけて、とってもあまぁくて……。
どうやら、庶民の食べ方らしいが、すっかり気に入ってしまったミーアである。
――危ないところでしたわ。ミーアランドでミーア焼きをたくさん食べてたら、こんなに気兼ねなく、今夜の宴会を楽しめないところでしたわ。
演説の際、お腹の触り心地がちょっぴり気になっていたものだから、もしも「ミーアランドで食べるのを我慢した!」という実感がなければ危ないところだった。
……我慢した、といっても、ミーア焼き二つは食べていたのだが……まぁ、それはどうでもいいことなのであった。
っと、そこへ。
「失礼いたします。ミーア姫殿下」
入ってきたのは、眼鏡の忠臣、ルードヴィッヒだった。
「ああ、ルードヴィッヒ。みなさんの宿泊の手配、ご苦労さまでしたわね」
「いえ……。ですが、さすがに陛下がお泊りになるというのは……。こういったことは事前に、お知らせ頂いていると、ありがたいのですが……」
ルードヴィッヒは疲れた顔で、やれやれ、と首を振った。
「ところで、どうだったかしら? ルードヴィッヒ、学園のみなさんの様子は? ちゃんとやる気になっていたかしら?」
その問いかけに、ルードヴィッヒはスッと背筋を伸ばして。
「もちろんです。学生たちだけでなく、講師一同、襟元を正さずにはいられないでしょう」
「そう。それならば良かったですけど……上手く伝えられたか心配ですわ」
まかり間違っても、小麦畑ミーアートが広まるようなことだけは防ぎたいミーアである。小麦畑ラフィーナートとかなら、全然構わないのだが……。
――理想は、ラフィーナさまの彫像を見て、この見事な彫像を作ったのは、ミーア学園の生徒らしいぞ、と思われることかしら……。直接的にわたくしを描いたり、讃えたりするのではなく……そう、あくまでも、注目を浴びるのはわたくしではなく別の方。わたくしは、その余光を……間接的に浴びられればそれで充分ですわ。
ミーアは太陽が好きではない。月ぐらいがちょうどいい。直接、自身が光り輝くのではなく、間接照明ぐらいがちょうどいいのだ。
根っからの月明かり気質なミーアなのであった。
「ところで、ここに来たのは、明日以降の予定についての打ち合わせのためですの?」
首を傾げるミーアに、ルードヴィッヒは、思い出した、と言わんばかりに、眼鏡をクイッと押し上げて……。
「いえ、それもあるのですが……もう一つご報告がございまして。先ほど、仲間より、伝書が届いたのですが……」
一度、言葉を切ってから、
「どうやら、グロワールリュンヌ学園が動き出したようです」
「あら……。ふふふ、エメラルダさんの策が早速、実ったということですわね」
ミーアは、うんっと頷いて……。
「それでは、迎え撃つ準備をしておいたほうがよろしいかしら……甘い物も食べ過ぎましたし、腹ごなしということで……。アンヌ、紅茶を淹れてきていただけるかしら? お砂糖をたっぷり入れて」
「はい。ミルクたっぷりのミルクティーを淹れてきますね」
主の命令を、健康翻訳して、ニッコリと微笑むアンヌであった。




