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ティアムーン帝国物語 ~断頭台から始まる、姫の転生逆転ストーリー~  作者: 餅月望
第九部 世界に示せ! ミーア学園の威光を!
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第四十九話 パティの戦い、バッドエンド

今回、ほろ苦ビターです。ご注意ください。

ハッピーエンドを目指す五部以降なのですが……ほろ苦ビターです。

「どうも、いかんな……」

 皇帝マティアス・ルーナ・ティアムーンは、聖ミーア学園で演説するミーアを見て、ちょっぴり涙ぐんでいた。

 この姿を妻、アデライードにも見せたかった……などと思うと、どうにも泣けてきてしまって……。

「年のせいか、涙腺が緩くなっているようだ……」

 目元を拭いつつ、つぶやく。

 年のせいといえば、ここ最近、記憶のほうも、いささか怪しいところがあった。

 先日、ミーアと話した時……クラウジウスの別邸が焼け落ちたのは、母が亡くなった後だと話をしたが……。

「よくよく考えれば……あの時はまだ母上は存命だった……」

 その後、母が火事で死んだ時には、思わず背筋が寒くなったものだった。

 まるで、あの別邸の火事で死ななかった母を、火事が追いかけてきたようだと思った。その火事に妻アデライードまでもが巻き込まれそうになったと思えば、まさにクラウジウス家の「呪い」ではないか……、などとその実在を、一瞬とは言え疑ってしまったほどだった。

 その記憶は確かにあるから、間違いはないはずなのだが……。

「どうも、記憶違いが酷いな……」

 彼の中、対立するもう一つの記憶があった。

 それは、クラウジウス家の火災よりも前のこと。行方不明になったパトリシアは遺体で発見されたという記憶だ。

 彼女の弟、クラウジウス候ハンネスは自暴自棄になり、別邸に火を放ち、自らも命を絶った、などと言う噂を耳にした記憶が確かにあったのだが……。

「思えば、どちらにせよ、私は母上の死に際にお会いすることができなかった。親不孝なことだが……」

 深々とため息を吐くマティアスであった。


 矛盾する二つの記憶。それは、過去が変わりつつある、一つの証左。

 パティによって、歴史は少しずつ揺らいでいた。それは例えば、彼女自身の死にまつわる運命のことで……。


 白月宮殿で、皇太后パトリシアが落ち着ける場所は多くない。

 どこに蛇が潜んでいるかわからないうえ、味方はほとんどいない、孤立無援。それゆえ、気を抜くことは許されない。

 上手く蛇として立ち回りつつも、なんとか状況が有利になるようにするために……。

 ――ミーアお姉さまが作ろうとしていた、あの幸せな世界を、この帝国にもたらすために、私は頑張らないといけない……。

 さて、そんな彼女が気を抜ける数少ない場所、そここそが、中庭にある寂れた小さな花壇の前だった。

 彼女の夫も息子マティアスも、ここには滅多に近づくことはない。

 ただ一人、パトリシアが花と蝶を愛でながら、のんびりできる場所が、その場所であった。

 咲き誇る花をぼんやりと眺めながら、彼女は以前、命を狙われた時のことを思い出していた。

 ――あの時は、危なかった……。

 蛇からの命令を保留としたことで、反感を買い、命を狙われたのだ。

 間一髪と言うところで、彼女が逃げ込んだのは、帝都の一角、シューベルト侯爵邸だった。

 ――ヤナが、助けてくれたのかもしれない。

 親友と共に、連れ込まれた地下道。あの時の経験から、抜け道の存在を知っていたパトリシアは、いつか、なにかに使えないかと思っていたのだ。

 今回、それが、見事に役に立った。

 ――守られている……。そんな気がする。

 孫娘……ミーアに。あるいは、親友のヤナに。

 ――私が、あそこで死んでしまったら、歴史が変わってしまったかもしれない。下手をすると、ハンネスの脱出にも影響があったかも……。

 幸い、暗殺は未然に回避し、否、回避したことすら気付かせなかったパティである。

 その後、保留としていた蛇の命令も誤魔化すことに成功。なんとか生きながらえてはいるが……。

 ――私が敵対していると、気付かせたらいけない。殺されそうになったと私が認識していると、そう思わせてもいけない。あくまでも、私は、蛇の一員だと自任している、と思わせなければならない。

 パトリシアの戦いは、孤独なものだった。

 彼女の味方はあまりにも少ない。否、少なくなければいけなかった。

 あの歴史に……あの未来に行きつくために……。

 ――私の役目は、あくまでも、その先触れ。ミーアお姉さまの到来への備えをすること。未来を変えてはいけないから……。

 自身の些細な行動が、あの幸せな世界に影響を及ぼし得ることを、彼女は知っていた。

 それゆえ、犬の名前だなぁ、犬の名前なんだよなぁ! と思いつつも、我が子にマティアスと名付けたりもしたが……そこは変えても良かったんじゃ? と若干思わなくもないが……さておき。

 すでに、マティアスは生まれ、アデライードとの婚姻もなった。

 ついでに……息子マティアスに「……皇帝の子は社交ダンスが大事。さまざまな場面で恥ずかしい思いをしなくて済むよう、くれぐれも、生まれてくる子にはダンスを厳しく仕込むように」などと言いつけていたものだから、後々で、ミーアが苦労する羽目になったりするのだが……それもご愛嬌というものだろう。

 イエロームーン家やガヌドス港湾国、ペルージャン農業国への根回しも、粛々と進めて、やるべきことは、ほとんど終わっている。

 あとすべきことは……一つだけだった。

 ――古き蛇……。古の、初代皇帝の時代より連綿と続く蛇の流れ……それを、私のところで断つ。

 未来の世界を知るパトリシアには、不思議なことがあった。

 それは、あの世界の帝国の蛇が……あまりにも脆弱だったこと。そして、あまりにも独立し、勝手気ままに行動しているということ。

 対して、パトリシアの時代……蛇は遥かに組織立った動きをしていた。それゆえに、未来を知るパトリシアでさえ、ほとんど自由に行動することができていなかったのだ。

 その理由は、明らかであった。

 帝国内の古き蛇たちをまとめ上げる人物が――この時代にはいるのだ。

 かつて、蛇の巫女姫ヴァレンティナは言った。蛇とは、決して滅びない感染する思想である、と。だから、それぞれが、地を這うモノの書に従い、混沌へと向かう行動をとり、教えを広め続ければ、いずれ、世界は滅ぶであろう、と……。

 されど、誰もがそのような境地に至れるはずもない。不安を持った者の中に、より効率的に破壊活動ができるよう、結束力を持ち、組織立って動こうとする者が現れても、不思議ではなかった。

 白鴉を使い、組織的に破壊活動を行おうとしたジェムのように……かつての帝国にも、蛇たちを束ねる者がいたのだ。

 されど、それが何者であるのか……その謎はついぞ解けなかった。

 そして、ミーアの時代には、その者はいなかった。なぜか……? その問いに、パトリシアは胸の内で応える。

 ――私が、仕留めていたから……。

 そう、それは、一つの逆算だった。

 あの、ミーアの時代に、帝国の蛇は弱体化していた。白鴉の台頭に合わせるでもなく、息を潜めていた。それはなぜか……? 蛇を導く指導者が失われたからではないか?

 ではいつ? どこで……?

 また、マティアスには一切、蛇の影響が及んでいないのは、なぜか?

 そんなの決まってる。

 ――私が、刺し違えた。だから、あの世界の蛇たちは、マティアスや、ミーアお姉さまに、ほとんど有効な手出しができていなかったんだ。

 そう考えたパトリシアは、一つの罠を張った。

 それは、自身の命を使った罠。すべては、あの幸せな世界を迎えるために……。

 パティの推論は、彼女にしては珍しく短絡的で、安直なものであった。

 それに、自分の命と引き換えに、敵を殺すというのは、ミーアが示したやり方からも遠いものであった。されど、パティはそれを実行した。

 そうせざるを得ない、別の事情が、彼女にはあったからだ。

 ――私は、マティアスを裏切った、アデラを裏切った……。ミーアお姉さまを……裏切ってしまった……。

 胸の内にあるのは一つの後悔だった。

 されど、それが裏切りであると理解してなお、後悔していてなお……過去に戻ったとしても、やはり同じ行動をとってしまうであろう……つまりは、パティの譲れない気持ち。

 その蒔いた種の刈り取りは、自分でしなければならなかった。そうでなければ、蛇はマティアスを容易に操るだろうから……。

「あの者を殺す……。それもまた、マティアスやミーアお姉さまにとっての裏切りになってしまうけど……でもやらなければ……」


 パティが、自らの死を知ってなお、その燃え落ちる館に赴いた理由。そして、火事に巻き込まれることを知ってなお、アデライードとヨハンナとを伴った理由。

 それは、その日、帝国の蛇の首魁をおびき寄せ、仕留めるため。

 そして、それはある秘密を知る者を葬り去るためのもの。

 ゆえに、炎に巻かれながらも、パトリシアは幸せだった。

 すべてをやり遂げた……赤く染まる世界の中、けれど、その胸にあるのは小さな満足と罪悪感で……。

「……できれば……もう一度だけ、あの世界を……。私のしたことが許されなかったとしても、それでも……もう一度……」

 つぶやきは、炎の中に溶けて、誰の耳にも届くことはなく。

 崩れ落ちる館が、パトリシアの体を包み込んでいった。

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― 新着の感想 ―
[一言] アデライードが巫女姫になってどこかに潜伏している可能性。パティが過去に戻るとパトリシアおばあさまが仮死状態から目を覚ます可能性。
[一言] 全く違う話なんですが、つい思い出すんですよ。 初代月姫のシエル先輩。 バッドエンドのあとにロードして他の選択肢を選んでもバッドエンド。少し巻き戻って違うことやってもバッドエンド。 どう足掻こ…
[良い点] パティは本当にミーアともベルとも違う不撓不屈な子。ファーストとはいかなくてももう少し自分を大切に出来る様になると良いと思うのですが。蛇が強敵とはいえ一人で戦うのは限界がありますからね。断罪…
感想一覧
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