第四十六話 特別なあなたへ
「それと……先ほどもレアさんからもお聞きかと思いますけど、セントノエルから子どもたちが見学に来ていますわ。この子たちは、セントノエルの学生とはいえ、孤児院の出身。みなさんと同じ立場ですわ」
ミーアはそっと視線を向けて、
「みなさん、先輩として優しく教えてあげるんですのよ」
まず、ミーア学園の生徒たちに言いおく。
「そして、特別初等部のみなさん……あなたたちには、ミーア学園の生徒たちをしっかりと見て……そのうえで、ぜひ、違ったものを目指していただきたいですわ」
違ったものを……のところに、若干の力がこもる。そんなミーアの言葉を聞き、眼鏡の少年、ローロがギリッと悔しげに歯を噛みしめる。
ミーアには、その気持ちはよくわかった。
――ああ、やはり……そうですわよね。彼も、ミーア学園の生徒の真似をすればいいと思っていたのですわね。うんうん、その気持ちはよくわかりますわ。そのほうが楽……いえ、合理的ですし。あのミニクソ眼鏡少年ならば、効率化のために、きっとそう考えるはずですわ。
効率化できる(サボれる)ところは、効率化する(サボる)べき……少なくともミーアならばそう考える。
――けれど、それではまずいのですわ。セントノエルのあなたたちは、わたくしの彫像を作るがごとき所業は真似してはいけないのですわ。
ミーア、一つ気合を入れて、ローロの合理的思考に対抗する理屈を披露する。それは、レアの話を聞きながら、考えていたものだった。すなわち……。
「わたくしは、ダンスが得意、ということは、ご存じかしら?」
ミーアは、その場でくるりん、くるりん、っと回ってみせる。腕を優雅に動かし、くるりん、くるりん、魅惑のターン。
「このように、ダンスには、手の動きが大切ですわ。美しく舞うために、指先まで優雅に振る舞わねばならない」
言いながら、今度は、ターンタターンっと足を鳴らし、
「それに、足。ステップを踏む足の動きは、ダンスの要と言えるでしょう」
さらに、くるりと回ってみせてから、
「また、体幹。すべての動きを支えるこの体の柔らかさは大切ですわ」
そっとお腹に手を当てて……一瞬、ちょっぴりFNYッとしたのが気にならないではなかったが、それも見て見ぬふりで流して。
「あるいは、目。相手の動きに合わせるために、よく見ることは重要ですわ。あるいは耳。音楽をしっかり聴いて、そのリズムを感じることが大切ですわ」
ミーアはそれから、大きく両手を広げて……。
「わたくしが指摘するまでもなく、このように体には、それぞれに役割がある。だから、わたくしは、足を笑いませんわ。足が大地を踏み、土に汚れたとしても。あるいは、手を笑いませんわ。口のようにお菓子が食べられなくても。目を笑いませんわ。耳のように聞けずとも。すべてわたくしは、笑うことはしませんわ。すべてが必要であると知っているから」
それから、ミーアは特別初等部の子どもたちのほうを見た。
「みなさんも同じことですわ。国が、あるいは、各国が、世界が……一つの体であるとするなら、みなさんは、それを担う体の部分。では、仮に手が足の代わりをしたいと言い出したら、どうなると思いますの?」
小さく小首を傾げて、ミーアは言った。
「わたくしは、逆立ちでダンスを踊らなければならなくなるかもしれませんわ。それはそれで楽しい踊りになるかもしれませんけれど……」
おどけたように笑みを浮かべて首を振り、
「みなさんは若いから、何者にでもなれる……という言葉は、時に希望にもなりうる言葉ですけれど……同時にひどく残酷な言葉だとわたくしは思いますわ。そこには、みなさんひとりひとりが、特別な一人として造られたという視点が欠けている。だから、何者にでもなれるはずなのに、どうして、あの人のようになれないのか、と悩むことになるのですもの」
ミーアは恐れている。特別初等部の子どもたちが、ミーア学園の生徒のように振る舞えないから、と迷い、悩み、葛藤し……それを克服した際に生み出されるであろう……惨劇を。
――空飛ぶ黄金像とか、透き通る(クリスタル)ミーア像とか……わけのわからない物を作ってこられたりしたら、一大事ですわ。製作者の手前、褒めないわけにはいきませんけれど、個人崇拝のようなその態度は、きっとヴェールガの司教たちからは睨まれてしまいますわ……。もしかしたら、ラフィーナさまの中の獅子も目覚めてしまうかも……。
ゆえに、ミーアは全力で強調する!
「みなさんは、ひとりひとりが特別な存在ですわ。みなさんは決して何者にもなれはしない。みなさんは、みなさんにしかなれない。役割を与えられた全員が、かけがえのない存在で、だから誰かの真似をする必要などどこにもありませんわ。だって……」
ミーア、ここで、ユバータ司教へのアピールを一匙、パラリ。
「みなさんは、神が必要に応じて造られたものなのですから。だからこそ、今は、自分の役割というものを、ゆっくり探していただきたいですわ。それは、あなた一人で担う役割かもしれない。あるいは、誰かと一緒に作り上げるものかもしれない。されど……それは誇るべきことですわ。それは、確かに、あなたに与えられたことで、あなたが生きる意味で、あなたにしかできないことなのですもの」
さすがに「自分にしかできないことは、ミーア焼きを作ることだ!」とか「畑にアレな感じのミーアの顔を描くことだ」とか「アレな旗を作ることだ」とか、そんなことを思うやつぁ、そうそういないだろう、と考えるミーアである。
ゆえに……、特別初等部の子どもたちの真剣そのもののまなざしを受けて、ミーアは満足げに頷く。
「そして、わたくしは、再度、我が聖ミーア学園のみなさんにも言いたいですわ。みなさんの力を、この帝国内に縛り付けることを、わたくしは心苦しく思いますの。無論、この帝国を支えてくださる方もいてくれなくては困りますけれど……、世界を視野に入れて、将来、他の国に行き、そこで力を発揮することを、選択肢から外していただきたくはありませんわ。みなさんの力は、世界に羽ばたいていくべきものである、とわたくしは考えておりますわ」
ラフィーナ、エイブラム王、シオン、あるいは、月兎馬などなど。世界には、モデルにすべき偉人や、素晴らしい生き物がいくらでもいる。ゆえにこそ、ミーアの彫像やら肖像画やらだけに力を尽くすのは、非常にもったいないことだ、と。
言葉を尽くし、心を尽くして、全力で説得するミーアなのであった。




