第四十四話 ミーア姫、危うくうっかり幻惑されかける
「さて、この度、聖ミーア学園に見学に来させていただいたのは、ある祭りのためです。古の時代より、ヴェールガ公国で行われていた、パライナ祭というお祭りです」
そうして、レアは説明を始める。
「各国の持っている技術や情報を共有し、人類すべてが手を携えて、前に進んでいく、というのが、もともとの祭りの意図するところでした。今回、私たちは……」
っと、とりあえず、事前に生徒会にて打ち合わせたことを下敷きに、パライナ祭の紹介を続ける。
「そして、私たちの期待は完全に正しく報いられました。Forest New Yardミーアランドしかり。あの記念館しかり、です。あのような素晴らしい芸術作品を貴族たちに突きつければ、きっと、この聖ミーア学園と同じような学校を自国にも造りたくなることでしょう。パライナ祭が開催された折には、ぜひご参加いただき、その力を存分に振るっていただきたく思います」
きちんと、聖ミーア学園の生徒たちのやる気を焚きつけにいく。
――まぁ……正しいことではありますけれど……。あの彫刻を貴族たちに突きつけるのは、いかがなものかしら……?
それは、割と悪夢のような感じがしてしまうミーアである。
ミーアのイメージはあくまでも分散だ。それは、さながらそびえ立つケーキのようなものだ。
一人でケーキを食べるのは、良くない。アンヌに怒られてしまうし、濃厚なクリームを食べ過ぎれば、胸やけだってするだろう。だから、分散するのだ。そうすれば、一人一人が食べる分は減るので、完食するのも容易になる。
――そう、わたくしのように小食なものは、巨大なケーキを一人で食べるなどもってのほか。こういうものは、みなさんと分け合ってこそ、ですわ!
あのように、迫力ある彫刻や、畑アートのモデルになる栄誉を自分一人で独占していていいものだろうか!? いや、よくない! よくないっ!!
ここは、ぜひとも、ミーアの誇るべき友人であるラフィーナや、尊敬に値する、後の天秤王シオンとも、この栄誉を分かち合いたいと、切に願うミーアである。
――そのためには、やはり、世界に目を向けるようにさせたいですわね。今、すでに完成している成果を披露するだけでなく、その力をもっと広い世界に散らしていく感じで。ふむ、ということは……。
ミーアが頭の中で言うべきことを考えている間に、レアは特別初等部のメンバーへと目を向けた。
「私たちと一緒に来た子どもたちは、セントノエル学園で学んでいる子たちです。彼らはもともと孤児でした。中央正教会は、各国に孤児院を作り、このような子どもたちを保護しています。けれど……我々では力不足なのです。王侯貴族たちを、各国を動かすために、パライナ祭を成功させなければなりません」
高らかにそう言ってから、レアは初等部の子たちに声をかける。
「そして、みんな……。あまり緊張しないようにね」
優しく、柔らかな微笑みを浮かべて、レアは続ける。
「ミーアランドで見て、その成果を思えば、焦ってしまうかもしれないけれど……どうか、忘れないで。みんなは、セントノエルの大切な生徒だから……」
一度、言葉を切って、そっと目を閉じてから、レアは続ける。
「今は成果が必要な時じゃない。今すぐにミーア学園の生徒の皆さんと同じことができる必要はない。今は学ぶべき時だから……。そして、学んだことを生かしていくのは、まだ先のことだから……だから、くれぐれも焦らないで。聖ミーア学園を見て、この学園で生徒のみなさんが成したことを、きちんと覚えて、それで帰ればいい。それは、きっとみんなにとって、とても大きな経験になるから」
そんなレアの言葉をじっくりと聞いていたミーアは、ふぅむ、っと唸る。
――レアさんのフォロー、特別初等部の子たちへの配慮が見られますわね。
ミーア学園の生徒たちのように振る舞わなくても良い……それは、ミーアが強調したいところではある。では、あるのだが……。
――しかし、聖ミーア学園の学生たちに気を使ってか、少し温い感じがしますわ。
スゥっと目を細めて、ミーアは思う。
そうなのだ。実際、レアに課されたミッションはとても難しい。
純粋な子どもたちが、過激なミーア信者に染められぬためとはいえ「あんなの真似したら駄目だよ?」と、馬鹿正直に言うわけにもいかず。
折衷案として、今、ああいうふうにできなくてもいいよ? むしろ、ああいうの真似しなくてもいいよ? という方向で論理を組み立てているようだが……。
――今はそう振る舞わなくても良い、ということは、裏を返せばいずれは、そう振る舞うのが望ましい、とも受け取れますし……。不足がございますわ。
できれば、ミーア学園の子どもたちとは違う方向性を模索して欲しい、ぐらいには言ってもらいたいミーアである。なんなら、気遣いも一切なく、アレを真似しちゃダメ、絶対! と言ってもいいぐらいだと思うミーアである。
――もっとしっかり言っておきませんと、特別初等部のみなさんが染められてしまって、今度はセントノエルにわたくしの彫刻が湧き出るかもしれない。あの森のキノコを使って、紅白キノコアートができてしまうかも……。いや……。
っと、そこで、ミーアはふと思う。思って、しまう。
いや、それは、それでいいかもしれない……と。
キノコで自らの顔を描かれるのは、割と魅力的なことかも……? と、一瞬、キノコ女帝的な発想に陥りかけ、ミーア、慌てて首を振る。
――いや、いかにキノコでも、駄目ですわ。セントノエルにヤバイ発想を持ち帰られてしまうことは絶対的に避けるべきですわ。でもキノコアートは、食べてしまえば残りませんし……いえ、やはりダメですわ。
キノコアートに幻惑されそうになったミーアは、パンパンっと頬を叩きつつ思う。
――となれば、きちんと事前に誘導しておく必要がございますわ。決して、決して、真似をする必要はない、と。
そうして、ミーアは腕組みしつつ、レアの言葉が終わるのを待った。




