第四十話 分散と拡散と……
「よくぞいらっしゃいました。皇帝陛下」
聖ミーア学園の前……七色に輝くミーア像の周りに講師一同が集まり、ミーアたちを出迎えた。
その先頭に立つのは、学園の長、ガルヴであった。
基本的に貴族や帝室が嫌いな彼ではあるが、それはそれ。こうした場ではきちんと空気を読んで、皇帝マティアスに頭を下げていた。
そんなガルヴの手をがっしりと握って、皇帝マティアスが答える。
「働き、誠に大義である。ミーアから、貴公のことは聞いている。よくぞ、我が娘の理想のために尽力してくれた」
その声には、普段以上の熱量があった。ミーア記念館や先ほどの畑アートにいたく感動しているマティアスなのである。心が……大いに、震えたのである!
「これからも、ぜひ、我が娘ミーアのために、力を尽くしてもらいたい」
「はっ! 枯れかけた身なれど、ミーア姫殿下の描かれる未来のため、粉骨砕身の覚悟で当たらせていただきます」
ガルヴは、別に皇帝に忠誠を誓っているわけではない。帝国に忠誠を誓っているわけでもない。しかし、ミーアの思い描く未来には深い興味がある。忠誠だって誓えるほどに。
ゆえに、皇帝マティアスとガルヴの想いは、重なっていた!
ゆえに! 二人の握手は、まるで長年の友ででもあるかのように、とてもとってーも固かった!!
「ガルヴ殿、わたくしからもお礼を申し上げたいですわ。学園の生徒たちの忠誠、嬉しく思いますわ」
父に続き、ミーアが口を開いた。本当はあまり触れたくはなかったが……触れざるを得なかった。
「ミーアランドの記念館も……その、なかなか見ごたえがございましたわ。これも学長のガルヴ殿の薫陶によるものと思いますわ。さすがは、ルードヴィッヒのお師匠さまですわね」
とりあえず、ヨイショ! ヨイショ! イヨーッコイショ!!
ガルヴを大いに持ち上げるミーアである。そのうえで……。
「ですが、なんというか……そう、枠の中に、彼らを押し込めるようなことは、したくないですわね……」
ふんわり、と苦言をにじませる。
「それは、どういう……?」
意味が分からない、と首を傾げるガルヴ。
さて、なんと言ったものか……。ミーア、刹那の思考。その後、目標を定める。
すべきことは被害の分散だ。すなわち……。
「簡単なことですわ。ワグルくんのあの木材加工の腕前や、畑に絵を描く、あの図形的な知識も……、狭い限定を懸けていては駄目ですわ。もっとこう、広い世界に目を向けていただきたいんですの!」
あんなに素晴らしい技術があるのなら、自分を描くためだけに使ってたら駄目だよ? もっと世界の偉人を讃えるために、使ったほうが良いよね?
っと言いたいミーアである。
ラフィーナとかシオンとか、サンクランドのエイブラム王とか、将来のレアとか、彫刻の題材になりそうな人物は世界中にいるわけで……。そのために力を割ければミーアの彫像を作る力を、削げるのではないかと思うミーアである。
――そう、わたくしに集中すべきではありませんわ。もっと分散! 分散ですわ!
ミーアは力説する! 記念館で言ったことなど忘れて……全力で力説する!
「種を蒔き、収穫した小麦をすべて一人で食べてしまうのは良いことではありませんわ。なぜなら刈り取った種を再び蒔けば、より多くの収穫を得られるのですから」
ミーアに恩を返すのではない。自分に直接、恩を返す必要はない! ミーアは拳をグッと握りしめて続ける。
「ゆえに……学生たちは、わたくしのために、わたくしを喜ばせるために力を尽くすべきではない。いいえ、彼らが帝国の多くの民のため、世界のために力を使うことこそが、わたくしの喜びである、と……。ぜひ、そのように教えていただきたいですわ。世界に広がっていくことこそが、わたくしの喜びですわ!」
心の底から、分散を訴えかけるミーアである。
それを聞き、ガルヴは、ぶるるっと身を震わせて……。
「それは、つまり……世界に、聖ミーア学園の功績を世界に広めよ、と。そういうことでしょうか?」
「え? ええ、まあ、そんな感じですわ」
頷いたミーアは気付いていなかった。
ミーアの訴えたい分散が、ガルヴの中では拡散に変質していることに。
しかも、ミーアは、これだ、と思ってしまった。
――ミーア学園の学生にかけるべき言葉はこれですわね。帝国内で力を振るってもらいたいのはもちろんですけれど、より広い世界に目を向けて……。特に芸術方面の労力は、分散させる……そのような方向でお話しすれば、激励しつつ、標的を変えられるはずですわ!
「おお……ミーアさま……そのお言葉を、ぜひとも、学園の学生たちに……」
「無論ですわ。そのつもりで来ておりますわ」
そう答えるミーアに、ガルヴ学長は、深々と頭を下げた。
「それは、心より感謝いたします。きっと生徒たちも励みになるでしょう」
「ふふ、そうなればよろしいのですけれど……。ああ、それと、今回は聖ミーア学園の見学も予定しておりますの。ヴェールガ公国のお客さまもいらっしゃいますし」
そう言って、ミーアは振り返る。視線の先にいたのは、ユバータ司教とリオネル、さらに、馬耳カチューシャを外し忘れたレアだった……否、忘れた……のだろうか? もしかしたら、気に入ってしまったのかもしれないが……まぁ、それはともかく。
「ようこそ、おいでくださいました。最古にして最大の図書館の管理人、ユバータ司教。ご高名はかねがね……」
「こちらこそ、賢者ガルヴァノス殿。あなたの書かれた、いくつかの神学的提題、中央正教会でも大いに議論になりました」
「なに……。どのような分野であれ、理性と論理を下敷きに、議論をすることは可能でしょう」
「なるほど、確かに。それは真理ですね」
そうして、知者二人は、静かに笑い合うのだった。