表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ティアムーン帝国物語 ~断頭台から始まる、姫の転生逆転ストーリー~  作者: 餅月望
第九部 世界に示せ! ミーア学園の威光を!
1143/1479

第三十八話 くもるくもるくもる、もる、べる

 皇女ミーア記念館を無難に乗り切ったと思っていたミーアであったが、実のところ一つだけ、重大な見落としをしていた。

 ミーアは子どもたち全員が馬耳カチューシャをつけて、素直に喜んでいるものだと思ってしまったのだ。

 完璧に、忘れていたのだ。ミニクソメガネこと、賢いローロのことを……。

「すごいところだった……」

 彼は圧倒されていた。ミーア記念館の素晴らしさに。

 ここは、記念館という名前から想像できるような、退屈な記録が展示されているだけの場所ではなかった。自分たちのような子どもでもわかるように、楽しめるように配慮された施設だった。

 楽しみながら、ミーアの功績を学べる、創意工夫の詰まった素晴らしい施設だったのだ。

 絵画も、彫刻も、とてつもない熱量だった。大恩ある皇女ミーアを慕い、なんとかして忠義を返さんとする姿勢に、ローロは感銘を受けた。と同時に歯がゆさも感じていた。

 自分たちも、あのワグルという先輩と同じなのに……と。

 ミーアの働きかけで、学ぶ機会を与えられた者なのに、と。

「あなたたちは、ミーア学園の生徒のようにならなくても良いですわ」

 ミーアからそう言われた時、ローロの胸にあったのは悔しさだった。

 だけど、今は少し安堵してしまっている。だって、あんなこととてもできない。だから、真似をしなくてもいいという言葉を思い出し、安堵した。してしまった。

 それが心の底から悔しかった。

「どうしたんだよ、ローロ、そんな難しい顔して」

 ふと見れば、カロンが不思議そうに首を傾げていた。のんきな顔で馬の耳をつけて……なんだか、なんだか、とても楽しそうだ。

「カロン、楽しんでるみたいだね」

「そりゃそうだ。こんなところ見たことねぇからさ。すげえよな、ミーア姫殿下って」

「そう、だね……」

 ローロは無力感に打ちのめされた。

 自分は、決して頭が悪くない。勉強はできる。カロンやその他のメンバーとは違うんだ、と、そう思っていた。

 だから、今は無理でも、きっと将来は……、とそう思っていた。

 国を救い、人々を救う、寒さに強い小麦ミーア二号。そこまでの手柄は立てられないだろうけど、それでも……と思っていた。

 そんな彼の想いを、あの彫刻は粉々に打ち砕いた。

 ミーア学園に通う生徒は、きっと、誰も才能に溢れる生徒たちなのだろう。自分とは違う。

 ――ああ、僕も結局は、カロンたちと同じだ。いや、素直に楽しめない分、僕のほうが、よほどダメなやつじゃないか。

 アイデア溢れるあの彫刻が、ローロを追い詰めていた。すでに、在学中に結果を示しつつあるミーア学園の生徒たちに、ローロは追い詰められているのだ。

「僕も……僕も頑張らないといけないのに……」

 ギュッと、小さな拳を握りしめるローロ。そんな少年の葛藤を陰から見つめている人物がいた!


「やはり、焦りを感じる者は、いるだろうな……」

 眉をひそめつつ、ユバータ司教はつぶやいた。

 概ね、特別初等部の子どもたちはほとんどが、先ほどの記念館を楽しんでいたようだが、すべての子どもがおなじではない。彼のように焦る子はいるだろうし、その焦り、傷つき方もユバータ司教には容易に想像ができた。

 記念館のほうを振り返り、つぶやく。

「ずいぶんと民から慕われている……さすがは帝国の叡智といえる。この記念館は、その表れだろう。森の部族からも慕われている。その人望は、あの発言録を見れば、頷けるというもの……だが」

 それゆえに……特別初等部の子どもたちにとっては、厳しい現実となった。

「あの案内をしてくれた少年、ワグルと言っただろうか……。彼のあの力作を見れば、不安を覚えるのも、よくわかる」

 なにしろ、自分たちと同じ立場の者が立派な仕事をしているのだ。焦るなというのが無理な話だ。

「本来であれば、司教たる私が、フォローすべきなのかもしれないが……」

 ユバータ司教の脳裏に過るのは、先ほど記念館で見たミーアの言行録だった。

「ミーア姫殿下のお言葉の中に、特別初等部の子どもたちにかけた言葉があった。行いではなく、その存在を愛すると……そうメッセージを発せられていたはずだ」

 それは、ユバータ司教の考えに一致する。孤児たちは、その能力の有無にかかわらず助けるべき存在だ。

「であれば……きっと彼らを放置はすまい。なにか、手を打つはずだ……。ミーア姫殿下ならば、きっと、間違いなく……」

 その確信があったゆえに、ユバータ司教は、ここは観察に徹することにする。

 帝国の叡智の手腕を見極めるために……。ちょっぴり、ワクワクと、その手腕を楽しみにしつつも。

 眼鏡の位置をクイッと上げてから、彼は鋭い瞳で子どもたちを見つめていた。


 そんな、特別初等部の子どもたち、の様子を見ていたユバータ司教……の様子を見ていたレアは思った。

 ――ユバータ司教のあの目……すごい、ミーア姫殿下、これを見越していたんだ……。

 生真面目な顔で、馬耳カチューシャを外すことすら忘れて……レアは思い出していた。

 昨夜、ミーアが悩んでいたことが、まさしく的を射ていたことを……。

 確かに、これは配慮が必要なことだった。聖ミーア学園学生を鼓舞するだけでは、特別初等部の子どもたちが傷つくことになる。

 ――それを見たからと言って、ユバータ司教の心境はそこまで悪くはならないかもしれないけど……でも、用心に越したことはない。

 それから、レアは改めて自らの役割の重さを思う。

 ――セントノエルの生徒会長として、彼らにかけて上げるべき言葉……。焦らなくってもいいって、とりあえず、安心させてあげないと……。ローロ君にも……。

 っと、そこで……。

「あれ……あのローロ君って……もしかして、レムノ王国宰相府の重鎮……」

「え……?」

 振り返った先、馬耳をぴょこぴょこ揺らしながら、ベルが歩いてきた。

 レアの顔を見たベルは、んー? と考えてから、ハッとした顔をして……。

「あ、ええと、そう! きっとセントノエルを卒業したら、レムノ王国に帰って、宰相府の重鎮になるぐらい、出世するんじゃないかなって……」

「宰相府の重鎮、ですか……。ふふふ、ベル先輩、意外と盛りますね」

「そうですね。でも、彼ならきっと、そのぐらいは頑張ってくれると思いますよ」

 ベルは、なぜだろう、やけに確信に満ちた顔で、そんなことを言うのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点]  ミーアの与り知らないところで、色々と話が進んでいく・・・のレベルが段々とレベルアップしていること。 ついに特別初等部の生徒にも、ミーアの良き影響を受けた犠牲者が(笑) [一言]  ここ…
[良い点] パティちゃん 幸せそうで何よりです おしゃまで大人ぶった大人しいな女の子が もう子供じゃないもんと 楽しさを堪えきれずにいる様子が目に浮かびます こんな幸せを胸に あの過去へ戻らなきゃ行…
[良い点] ミニクソメガネと呼ばれてたローロくん……そうか……ということは将来の一番上の上司にある意味苦労しそうだね。そして、やりがいある仕事をできそうだね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ