第三十七話 FNYミーア……ランドにて
這う這うの体で皇女ミーア記念館を出たところで、ミーアは深々と息を吐いた。
「……の、濃密な空間でしたわ」
振り返れば、実に楽しげな、皇女ミーア記念館が、ぽっかりと口を開けていた。その胃袋の中で経験した恐ろしさに、ゴリッゴリに精神力を消耗してしまったミーア。そんなミーアにワグルが話しかけてくる。
「どうでしたでしょうか? 記念館は……」
不安そうに、でも半ばは期待感でソワソワ体を揺らしつつ尋ねてくるワグルに、ミーアはなんとか笑みを浮かべて……。
「え、あ、ええ……そっ、そうですわね。うん、なかなか、楽しかった……のではないかしら?」
なんとかそれだけ返して、その後、ミーアは、特別初等部の子どもたちのほうに目を向けた。
みんな、お揃いの馬耳カチューシャをつけている。レアとリオネル、ベルとシュトリナもだ。パティに至っては、いつも通りの無表情にもかかわらず、未だに楽しそうな空気を出している!
――ふむ、まぁ、パティが楽しめたならば、それでよしっ! ですわね。
っと、ミーアは、ちょっぴり優しい気持ちになってしまい、
「子どもたちも、楽しめたみたいですし、とても良い施設ですわね」
うっかり褒めた。褒めて、しまった……。
「それは、良かったです! 実は、ギルデン辺土伯家からも、同じようなものを作りたいという要請が来ているらしいのですが……」
突如、別の横波が襲って来て、海月は一気に呑み込まれる。
「ぎっ、ギルデン辺土伯領……って、確か……」
ミーアの助言に従って、小麦を植えていない時には、花畑にして、それを目玉に観光で稼ごうとしていた辺土伯である。
ルードヴィッヒの報告によると、中央貴族からの評判も上々と聞くが……そんな観光地に、この皇女ミーア記念館と同じようなものが建ってしまう……。
ミーア、思わずクラァッとするが……。
「おお、それは素晴らしいではないか。どうせならば、同じようなものを全国に作るというのもよいのではないか?」
ノリノリの声でそんなことを言い出すマティアスに、即座に、正気に戻る。これは、放っておいたらやばい!
激流の気配に覚醒したミーアの脳みそは、即座に回転を始める。
「こっ、こういったものは、その、どこにでもあると、却ってありがたみが薄れるものですわ。こんな素晴らしい施設なのですから? ここは、特別性を生かさなければ……」
っと、ミーアの言葉を聞いたワグルがハッとした顔をする。
「それは……つまり、ぼくたちルールー族との友好の懸け橋としての施設を、特別なものとして大切にせよ、と……そういうことでしょうか?」
「え? ええ、まぁ、そんな感じ? ですわね、うん……たぶん」
などともにゅもにゅ。とりあえず、嬉しそうに微笑んだワグルは良いとして、続けてミーアは、父のほうにも目を向けて、
「いろいろな場所に力を分散させてしまうよりも、一か所に集中させた方が良いものができる、という感じがいたしますわ。それに、ええと、いろいろな場所にあったら、どこに行くか迷ってしまうのではないかしら?」
「ううむ、なるほど……私もあまり帝都を離れられぬ身。自分がまだ見れていない記念館があるというのは、それはそれで歯がゆいものかもしれぬ。ここはミーアの言うことが正しそうだ」
渋々と頷く父、マティアスにミーアは満足げに頷いて、それから、ワグルのほうを見る。
「わかりました。それなら、祖父ちゃんのほうから、ベルマン子爵に進言させていただきます。ギルデン辺土伯のお申し出は断り、なにか代わりのものを提案するように、と」
「ええ。お願いいたしますわ」
代わりのものがなにになるのか……少々不安は残れども、とりあえず、安堵のため息をこぼすミーアである。
――う、ううむ……この後が本命のミーア学園。いよいよですわね。ちょっと予定外に精神力をすり減らしてしまいましたけれど……なんとか回復しなければ……。
「ミーア焼きー、ミーア焼きいかがですか?」
ふとそんな声が聞こえてきて、ミーアは視線を巡らせる。っと、すぐ近くの露店で、新月地区名物の「ミーア焼き」が売っていた。
その焼き菓子のあまぁい、あまぁい味は、ミーアの好むところである。
「ふむ、ケーキづけに……いえ、景気づけに、あれを食べながら行くことにしましょうか……。アンヌ、申し訳ありませんけれど、わたくしにミーア焼きを三つ……、それに、子どもたちにも買って来ていただけるかしら?」
「はい、かしこまりました」
姿勢よく返事をするアンヌと、それに続く、リンシャ、ニーナのメイド隊。それを見送りつつも、ミーアは、ふと考える――なにをだろうか? それはもちろん……、
――しかし、ミーア焼きは頭のほうにたっぷりクリームが詰まっているのですけど、頭から齧るのは、なんかちょっと複雑な気持ちがするのですわよね。かといって、頭だけ残すのも、少し縁起が悪いし……。食べ方がとても難しいですわ。
ちょっぴりしょーもないことを……であった。実にミーアなのであった。
やがて、アンヌが買ってきたミーア焼きは一人一つずつだった。例外なく、ミーアもそうだ。
「あら……? わたくしの分は三つと……」
「はい。ですが、その……聖ミーア学園の側でもミーアさまをお出迎えするために宴会の準備をしているとのことでしたので。その前に、お腹が満ちてしまってはいけないと思いまして」
「まぁ、そうなんですのね。確かに、せっかく用意してくださったお料理を食べられないというのは大問題。そういうことなら、まぁ……」
と言いつつ、ちょっぴーり肩を落とすミーア。そんな主にアンヌは小さく首を振ってから……。
「もう、仕方ありませんね。ミーアさま。一つだけですよ」
追加で、お替り一個を手渡した。
「まぁ! さすがはアンヌですわ!」
パァアッと顔を輝かせるミーア。
それは、FNYミーア……ランドでの平和な一幕であった。




