第三十六話 真なる魔窟からの脱出
「お……おお……これ、は……」
その広い部屋に並んだ彫刻群を前に、ミーアはワナワナと唇を震わせた。
そこには、粗削りながら、実に勇壮なミーアの彫像が並んでいた。ミーアですら圧倒されるほどの迫力を、その彫像は持っていた。
圧倒されるほど、豪気な彫像が、自分の姿をしているという現実に、思わず頭がクラァッとする。
眺めている内に、ミーアの瞳から感情の輝きが失われていく……。それでもツッコミを入れないわけにはいかず……いささか気が進まないながらも、ミーアは手前の彫像を指さして……。
「え、ええと、これは、なにかしら?」
なにやら、こう、花のようなドレスを着て、頭に花の冠を被り、ついでに両手には本物の花が活けてある大層美しいミーア像があった。等身大なだけに、実に迫力がある。
まるで、あのラフィーナのヘンテコな肖像画が、立体になって目の前に現れたかのようだった。
「これは、セロの意見を取り入れて、ミーアさまと美しいお花というのは相性が良いのではないかと考えまして。このように、いろいろな花を活けることで、季節感を出すことができます」
端的に言って実に、出来が良かった……。いや、もう、ほんと、これで自分の姿を模してなければ、手放しで褒められるのにナァ、と思うミーアであった。
「そっ、そう、アイデアが良いですわね。確かに、まぁ、花の蜜とかは好みですし……こっ、こっちの隣のものは……」
花の妖精ミーア像の隣にあったのは、天使のような衣装を身にまとったミーアであった。天使っぽい服を着た絵は、ラフィーナの肖像画などで見慣れているが……こう、立体造形になって突きつけられると、得も言われぬ凄みがあった。
「それは、ぼくを助け上げてくださった時を思い出して作りました。ぼくに駆け寄ってくださった、あの時には、このように見えましたので……」
どうやら、ワグルの目には、ミーアが自らを救ってくれた天使に見えちゃったらしい!
見えちゃったなら仕方ないかぁ……といささか、感情の見えない表情で頷くと、ミーアは彫像についての解説を聞いていく。
手の部分に明かりが灯せる像とか、なにか大切な物を収納しておく用の隠し金庫仕様のものとか……こう、実に創意工夫に富んだものが多かった。
ただの芸術品ではなく、どちらかというと家具とか、工芸品の類に近い。ルールー族の木材加工技術の粋が、そこには見え隠れしているようだった。
「まだ、数は少ないですが、いずれは、このフロアを一杯にしようと思っています」
ずらぁっと自らの彫刻が並ぶ様を想像し、うっぷ、と胸がいっぱいになるミーアである。
「ふむ、ワグルと言ったか。そのほうの働き、誠に見事である」
言葉を失っているミーアに代わって、そう評したのは皇帝マティアスであった。皇帝の風格を漂わせつつ、彼は天使ミーア彫像に近づき……。
「この彫刻、同じものをミーアの誕生祭で飾ろうと思うのだが、もう少し、こう、サイズ感をアップして作ることができるか?」
「おっ、お父さま、そっ、そのような無茶を言うものではありませんわ!」
ミーア、慌てて止める。もちろん、ワグルを傷つけないよう言葉に気をつけながら、である。あくまでも、彫像がトンデモないから止めたのではなく、ワグルに負担をかけないように、というスタンスだ。
「これ以上の大きさなど、ワグルの負担になってしまいますわ」
雪像と違って、一回作ったら消えないんだぞ! と悲鳴を上げつつも、計画阻止のために言葉を重ねる。
「それに、大きな像というのは、ある種の神格化に繋がってしまいかねない。人々の心を悪しき方向へと向けてしまいますし。ねぇ、そうですわよね、ユバータ司教」
神格化とか、偶像化とか、そんな意志は自分にはまぁったくありませんよ! とアピールがてら、話を振ってみる。っと、
「確かに、巨大な像というのは、暴走した権力者が建てがちなもの。民衆を惑わす危険はあるかもしれません」
ユバータ司教の同意を得て、ミーアは、ほらほらぁ! っと視線を転じれば……黙って話を聞いていたワグルが、ポンっと手を打った。
「ならば、逆に小さくするのはいかがでしょうか? 陛下」
「なに? 小さくだと?」
カッと目を見開く皇帝に臆することなく、ワグルは言った。
「はい。小さな像をたくさん作って、誕生祭に参加した人たちに配るのです。地方の工芸品に岩ダヌキの木像というのがあるのですが、それに似たもので……」
なにやら、キケンな匂いが漂い始めたので、ミーアはすかさずワグルに声をかける。
「そっ、それよりも、ワグル、次の部屋はなにかしら? ええと特設コーナー、帝国の叡智の……実像に迫る?」
実像に迫る……その言葉にドキッとするミーアであるが……。
「ああ、次のコーナーはミーアさまの思想を知ってもらうためのコーナーですね」
「わっ、わたくしの、思想……?」
「はい。ガルヴ学長のご意見で。ミーア姫殿下のこれまでの言行録を頼りに、その歩みを追体験できるようにして……。それで、ミーア姫殿下のお持ちの人生哲学や思想に迫ろうという展示です」
「そっ……そう、なんですのね……」
ミーアは誇らしげに飾られた、自らの過去の宣言などを眺めながら、しみじみと思う。
――ああ、そういえば、こんなこともございましたわね。生徒会選挙でのこと……ああ、レムノ王国での兵士たちへの声掛けなんかは、とても大変だった記憶がございますわ。なんだか、遠い遠い昔のことのようですけど……。
そこで一つ咳払い。
「まっ、まぁ……その、み、みなさんのわたくしへの熱き忠義、とても嬉しく思いましたわ。ぜひ、ルールー族の族長さまにも、お礼をお伝えいただきたいですわ」
色々な意味で胸がいっぱいいっぱいになったミーアは、足早に記念館を後にした。
魔窟ミーア学園などと、半ば冗談で思っていたミーアであったが……まさか、真なる魔窟が学園の手前にあることなど、想像だにしなかったので、その心に負ったダメージはなかなか大きいのであった。




