第三十五話 皇女ミーア記念館
その建物の前に立ち、ミーアは、わなわなと唇を震わせる。
「こっ、皇女ミーア……記念館?」
建物の名前を見て気付いたのだが、この建物、入口のところにオシャレなアーチがあるのだが……よく見るとそれは、ミーアが付けているティアラを象ったものらしかった。
ちょっぴりシャレた感じなのが、微妙に腹立たしい!
「ここは、ベルマン子爵の肝いりの建物なんです」
「べっ、ベルマン子爵が……っ!?」
ミーアは、カッと目を見開く!
――くぅ、あ、あいつ、またしても……。何たる裏切りですの……。
っと、そこまで考えた時、ミーアはふと思う。
――っていうか、正気ですの? わたくしの行動を記録するということは、ベルマン子爵自身の悪行をも明らかにすることですのに!
ミーアの疑問に気付いたのだろう。ワグルは神妙な顔で頷いて、
「確かに、ミーアさまの功績を讃えるということは、裏を返せば、ベルマン子爵の過ちを世に明らかにすることです。でも、ベルマン子爵は、これをご自分のお金で建てられたのです」
ワグルはそう言ってから、建物を見上げた。
「この建物は、悔い改めの心を表すためだって、ベルマン子爵はおっしゃっていました。自分の過ちを決して忘れないようにって……。その言葉に、族長も打たれたみたいで、和解に至ったんです」
「そっ、そう……なんですのね」
それにしちゃあ、ずいぶん入口がシャレてますけど!? とツッコミを入れたいミーアであったが……なるほど、ルールー族とベルマン子爵との関係改善にも役に立っているらしい。
――それならば、まぁ、仕方ない……のかしら?
ううむ、っと唸るミーアに、ワグルは続ける。
「村の中には、まだベルマン子爵に複雑な気持ちを持っている人もいます。でも、このミーアランドを作ろうというベルマン子爵の姿勢を見て、だんだんと態度を軟化させています。祖父ちゃんなんかは、あの時のことがあったおかげで、ミーア姫殿下との縁ができたし、それに、ぼくがルールー族の村に帰れたのも、もとはと言えばベルマン子爵の行動がきっかけでしたから、ベルマン子爵の謝罪を受け入れています」
「なっ、なるほど……」
ますます、こんな建物壊しちまえ! という悪役ムーブを封じられるミーアである。まぁ、もともと、そんなことをするつもりはないが……。
そんなわけで、ミーアは自然と、流されるように建物の中へと入った。
ミーアは海月。生まれた流れに逆らうことは、ない。
「あっ、それでは、これをどうぞ」
っと、入口のところでワグルが渡してきたものに、ミーアは首を傾げる。
「はて、これは……?」
「来館記念の髪飾りです。簡単なものですが、記念館に訪れたお客さんに渡すようにしていて……」
「ああ、確かに髪飾りというのは、あの時の出来事にちなんだものですけど……しかし、この耳は、いったい……」
「そちらは馬の耳を模したものになります。ミーアさまといえば馬ですから」
ベルマン子爵の悔い改めを表現してるにしては、やたらと楽しそうじゃねぇか! とツッコミたくなるミーアである。
それはさておき、この耳のこだわり……まさか、アンヌも、この記念館に関わっているんじゃ!? などと疑心暗鬼に陥りかけるミーアであったが。
――いえ、アンヌだけは裏切らないはずですわ。問題は、これが裏切りではなく、溢れ出る忠義から出た可能性ですけど……。馬の耳の形に並々ならぬこだわりを持つアンヌですし……こういったものを提案した可能性も……。
「セロのお姉さん……ティオーナさまからお聞きしました。馬術大会のこと。あ、そこのところに、ちょうど絵が飾ってありますね」
ティオーナよ、お前かっ! と心の中でツッコミを入れるミーアである。
なんだか、頭の中で、グッと親指を立てるティオーナの満面の笑みが見えたような気がした。
それはともかく……。
「むっ! ここにも、ミーアのすぐそばに矢が刺さった絵が……」
突如聞こえて来た声に、ミーアは慌てて、
「お父さま! その、これ、どうかしら?」
シュシュっと馬耳カチューシャをつけて、父を呼ぶ。
「おおー! ミーア、なかなか良いではないか!」
途端に、満面の笑みになる皇帝マティアス。その変わりようをそばで見つめていたパティが、どこか複雑そうな顔で、スッと目を逸らしたが……。まぁ、そんなパティもしっかり馬耳をつけているので、楽しんでいるようではあった。
「ミーアさま、この馬の耳、造詣がとても深いですね!」
アンヌも、実になんとも嬉しそうだ。指をクイックイッとさせるアンヌに曖昧に微笑み返してから、ミーアは改めて、その絵の前にやって来た。
「これは……なるほど」
飾られていたのは、確かに、セントノエルでの乗馬大会の絵だった。
騎手のミーアだけでなく、荒嵐の姿まで、なかなかに特徴を捉えて描かれている。
他にも、セントノエルでの生徒会選挙の様子や、ミーアが全校生徒の前でなにかを語っている様子、さらには、なんと、無人島やペルージャンでの演舞の絵まで飾られていた。
「この……でっかい魚を殴り倒している絵は……まさか」
ミーアはジトッとそちらに目を向けると、エメラルダWith馬耳カチューシャが意気揚々と胸を張り、
「それに関しては、わたくしの証言をもとにして描いていただいたものですわ!」
まったくもって、悪びれる様子もないエメラルダに頭を抱えつつも、ミーアはさらに順路に従って進んでいく。
「それにしても、この絵は、なかなかに見ごたえがございますわね」
描いてある内容が、若干、アレなのはさておき、それは見事な絵だった。
シャルガールのような華やかさはない。されど、その絵には確かに、人々の心に訴えかける何かがあった。
……ちなみに、描いたのはペルージャン出身の絵描きで、例の坂を上る二人の姫君の絵を描いた人物でもある。
「絵だけではなく、僕たちの作った彫刻のコーナーもございます。どうぞこちらへ」
「ふむ……まぁ、一応は一回りしましょうか……」
歯切れ悪くつぶやくミーアであった。




