第三十三話 他人事ではなかった……
「もしかして、特別初等部の子どもたちのことを、気にされているのですか?」
そう口にした時、レアには、ある確信があった。
なにしろ、あの帝国の叡智が演説で悩むなど、通常では考えられないこと。聖ミーア学園の学生たちをその気にさせることなど、その知恵の前では、ごくごく簡単なことのはずなのだ。にもかかわらずのあの悩み方……、これはなにかあるぞ……とレアは気付いた。
そうして、考えた結果、導き出された答えこそ……。
――そうか、きっと、特別初等部の子どもたちへの気遣いに悩んでいるんだ!
これである。
考えてみれば、特別初等部というのは、ある意味で、聖ミーア学園の姉妹クラスのようなものだ。きっと子どもたちも、ミーア学園の生徒たちを意識せずにはいられないだろう。
けれど、特別初等部の子どもたちは、いわば普通の子どもたちだ。なにも特別な才能はない。だから……。
――きっと、聖ミーア学園の生徒を見たら焦ってしまう。ミーアさまが士気を高めるような激励をされたら余計に、重圧を感じてしまう。それが、ミーアさまは心配なんだ。
レアの目から見れば、子どもたちが抱くであろう、その焦りは的外れだ。
ミーアの持っている期待感は、ミーア学園の生徒へのものと、特別初等部へのものとで違ってるだろうからだ。
帝国の叡智は、一人一人を大切に見守っている。
子どもたちがそれぞれに違いを持っていて、だけど、それぞれがかけがえのない存在だと考えている。一人一人に、与えられた才を生かす道があると信じている。
それは慈悲深い考え方だとは思うけれど、それだけではなく、もっとわかりやすい、合理的な狙いも、レアには見えていた。
特別初等部の子どもたちには、聖ミーア学園の生徒とは別の役割があるのだ。
――才能の有無ではなく、すべての子どもたちを救う環境を作る。そのためには、今は才能がなくても、将来、才能に目覚める子どもがいるかもしれない、と……貴族たちにそう思わせなければならない。そのためには、才能によって集められたのではない子どもたちにだって、役割があるんだ。
他のメンバーであれば、慈愛の聖女だなんだと勝手に盛り上がりそうなところでも、レアは合理的かつ現実的に考えを進めていく。
ミーアの示したパライナ祭のコンセプトに照らし合わせ、ミーアの思考を予測していく。
昨夜、顔を合わせたセリアと言う少女は、自分より少し年上だろうけど、しっかり者の印象を受けた。話してみた感じも、まるで大人の文官のような、てきぱきとした様子だった。
――あれを見たら、確かに焦ってしまうかもしれない。子どもたちへのフォローは必須だ。焦らないようにって……きちんと言ってあげなければいけない。
ミーアは、それを悩んでいるのだろう。
――それならば、私の役目は……。
一つ頷き、レアは口を開いた。
「それならば……私もセントノエル学園の代表として挨拶をする、というのはいかがでしょうか?」
レアの提案は、すなわち、特別初等部へのケアは自分に任せ、ミーアはミーア学園の生徒たちを激励することに集中してはどうか? というものだった。
それを聞き、ミーアは何事か考えるように一瞬黙ってから、
「そうですわね。ならば、セントノエルの生徒会長としてご挨拶していただこうかしら」
深々と頷いた。続けて、
「パライナ祭のことも、レアさんからお話しいただくのがよろしいように思いますわ」
その言葉には、少しだけ驚いた。
――ミーアさまの口から説明するんじゃないんだ。
例のコンセプトを考えたのはミーアだ。当然、その栄光はミーアに帰されるものだと思ったのだが……。
けれど、考えてみれば、確かにそれもセントノエルの生徒会長として……あるいは、ヴェールガ公国の人間としての仕事だ。
誰が主体となり、なにを目的として行うものか……。それをはっきりさせる必要があるのだ。
――そうしないと、ミーア学園がヴェールガに選ばれたのか、ミーアさまが勝手に自身の学園の宣伝のためにパライナ祭を使おうとしているのか、わからなくなるかもしれない。
今回はミーア学園を舞台としているため、そこまでこだわる必要はないにしても、今後は、主体的に祭りを進める国がどこなのか、という意識をきちんと持たなければならないだろう。
そのためには、始めが肝心。
レアは改めて、ミーアの配慮と、それ以上に、民への自分の見せ方について、考えさせられてしまう。
――私が全然気づかないところまで……。やっぱりミーアさまを見てるとすごく勉強になる。
オウラニア姫が、ミーアのことを師匠だの、姫道だの言っているが、実に的を射ている! などと感心しつつも、レアは言った。
「わかりました。でしたら、私もどんなことをお話しするか考えておきます」
その返事に満足げに頷いたミーア……であったが、不意に、その顔が怪訝そうに曇った。
「うん……あれ、は?」
その視線は、馬車の外、正確に言えば前方に向けられていた。
進行方向に背中を向けていたレアは振り返り……直後、その目に、七色に輝くなにかが見えて……。
「なっ……なんですの、アレは……」
わなわなと、つぶやくミーアの顔を見て、レアはふと思い出す。
――この顔、町でご自分の肖像画を見つけた時の、ラフィーナさまに似ているような……。
有名人の悲哀に同情の目を向けるレアは、知らない。
来年、セントノエルの生徒会長の職務の一環として、自らの肖像画が造られ、しかも、貧しい者たちを救うためのチャリティー目的で、こっそり発売されてしまうという……過酷な未来のことを……。




