第三十二話 不穏にきらめく……キラキラと
ベルマン邸にて、一泊したミーアは心機一転。養った英気を用いて、行動を開始する。
――ふむ、どうせ馬車に乗っている時間は長いことですし、ミーア学園でどんなことをお話しするのか考えておこうかしら。
馬車に乗り込み、ミーアは腕組みする。
むぅっと眉間に皺を寄せ、言わなければならないことを確認しておく。
――すべきことは、最悪を想定して備えることですわ。例えば、例の七色に輝くわたくしの像。あれの数が増えていたりとか、もしくは、大きさが倍になってたりとか……そういうことはないかしら?
そして、それを見たユバータ司教がどのように反応するか……いや、彼だけじゃない。レア……はいいかもしれないが、真面目なリオネルあたりはきっと眉をひそめるかもしれない。
――わたくしが命じて作らせたのでないことを確認しなければなりませんわ。それだけでなく、わたくしの監督不行き届きを咎められるようなことにもならぬように、きちんとわかっていただかなければなりませんわ。
最悪の事態が「起こらぬようにする」段階は、すでに終わった。今やっておくべきことは、起きた時のダメージを少なくすることだ。
――例の像がそのまま残っていると仮定して、神格化とは思われないようにしたいところですわね。となれば、あの像が親愛の証であることをきっちり強調するとして……。ルールー族への感謝と、ルールー族との縁が生まれたことに対して神への感謝を表明……事の経緯を話す必要があるかしら。とすると、ベルマン子爵のやらかしにも触れる必要があるか……。昨夜、ベルマン子爵の人柄はユバータ司教も見ているはずですし、真摯な悔い改めがあったことにして……それに感動したルールー族が、なんか、盛り上がって、像を作っちゃった的な感じにできれば……。ううむ、話さなきゃいけないことがたくさんありますわ。
「ミーアさま、難しいお顔をされておりますけど、どうかなさいましたか?」
ふと顔を上げると、アンヌが心配そうな顔をして見つめていた。
「もしかして、馬車酔いでしょうか?」
「ああ、いえ、そういうわけではありませんわ。学園で、どのような声掛けを行えばいいか、と少し考えておりまして……」
「ああ、ルードヴィッヒさんが言っておられましたね」
「そう。学園に到着してすぐに、みなに声をかけることになると思いますし、行く前に準備をしておく必要があると思いますの」
「そう……、なんですね。でも……」
アンヌが気遣わしげに首を傾げた。
「なんだか、とても悩まれていますけれど……なにか、心配事でもあるのですか?」
「ええ……そうですわね……」
歯切れ悪く答えるミーア、であったが……。
「もしかして……特別初等部の子どもたちのことを、気にされているのですか?」
横からそう指摘したのは、馬車に同乗していたレアだった。演説のアイデアをもらおうと、ミーアが同乗を求めたのだ。
イエスマンの鬼であるミーアは、使える人材を遊ばせておくほど、甘くはない。なんでも使って少しでも楽をする。これこそがミーアのスタイルなのだ!
「気にしている……そうですわね。そういう面ももちろんございますわ」
頷きつつ、ミーアは感心する。
――さすがはレアさん。重要なことを思い出させてくれましたわ。ミーア学園の者たちへの声掛けと言うことは、必然、わたくしたちと同行している特別初等部の子どもたちへの声掛けと言う側面もあるわけで。紹介だけで終わらせずに、影響を受けないように、ときっちり言い含めておく必要がございますわね。
きちんと心のメモに書き留めておくミーアである。
「各所への心遣いがなかなか難しいですね」
レアが難しい顔で頷いて、
「そうですね……それならば……私もセントノエル学園の代表として挨拶をする、というのはいかがでしょうか?」
「……ほう……、なるほど」
ミーア、一瞬考えて……それは悪くないかもしれない……と思う。
――わたくしが一人で挨拶したら、目立ってしまいそうですけど、セントノエルの生徒会長であるレアさんと共に挨拶をしたら……。注目も分散するかも……。
聖ミーア学園の士気を上げ過ぎないよう、でも、ユバータ司教に対するアピールを考えると、士気を下げ過ぎてもいけないわけで……。匙加減がとってーも難しかったわけだが……。
レアも声掛けを行ってくれると言うならば、それを見て、バランスを調整しても良いかもしれない。
――レアさんならば、滅多なことは言わないでしょうし。パライナ祭のこともきちんと説明してくれますわ。
ミーアは深々と頷いて、
「そうですわね。ならば、セントノエル生徒会長としてご挨拶していただこうかしら。パライナ祭のことも、レアさんからお話しいただくのがよろしいように思いますわ」
「わかりました。でしたら、私もどんなことをお話しするか考えておきます」
「よろしくお願いいたしますわね……あら?」
っと、そこで、ミーアは馬車の外に目を向けた。
遠くのほう、皇女の町が見えてきたのだ。
「ああ、ようやく着きましたのね……。はて……あれは……?」
ミーアは、不意に眉をひそめた。
皇女の町、その入り口のところに、不穏にきらめくナニカを見つけて……。
「あれ……は?」
口から、かすれたつぶやきがこぼれ落ちた。