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ティアムーン帝国物語 ~断頭台から始まる、姫の転生逆転ストーリー~  作者: 餅月望
第九部 世界に示せ! ミーア学園の威光を!
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第三十話 心休まる時間

 ティアムーン帝国、帝都ルナティアの周辺には中央貴族領が広がっている。その南、辺土領域と呼ばれる地域との境界にベルマン子爵領はあった。

 あの日以来……ベルマン子爵領の様子は様変わりしていた。あの日……そう、ミーア・ルーナ・ティアムーンがやって来た、あの日から少しずつ。

 聖ミーア学園が広める新種の小麦『ミーア二号』はベルマン子爵領の各地の畑で実りをつけつつあった。

 それは、徐々に子爵領を富ませつつあった。

 当初こそ、味に難ありと敬遠されてもいたが、それも昔の話。料理長ムスタ・ワッグマンによって開発された調理法が広まるにつれて、その評価は一変する。

 先んじて寒さに強い小麦を作っていたベルマン子爵領では、例年と変わらぬ実りをつけ、いくばくかを他領にも売るほどまでになった。

 法外な値段で売るような真似はしなかったが、それでも、それなりの金が流れこむことになったのだ。

 そのことがわかった時、ベルマン子爵は思わずひとりごちた。

 愚かなことであった……、と。

 そう、それは、よくよく考えれば、わかることだった。

 目の前には土地がある。肥沃なる三日月地帯がある。それを、なにに使う? なにに使えばいい?

 かつて、ベルマンは静海の森を切り開こうとした。領地を増やすために、多くの者たちの血を流させようとした。

 だが……そうまでして、切り開いてどうするのか、そのヴィジョンが彼にはなかった。

 新たな土地を得て……それで、なにに使うというのか?

 町を建てるのか? 殖産業でもするか? 牧場として、牛や羊でも飼うか?

 否、最も簡単な土地の使い方は、そうではない。土地を使い、領地を富ませるには、どうすればいいのか、言うまでもないことである。畑にするのだ。

 土に種を蒔き、収穫を得るのだ。

 ここは肥沃なる三日月地帯、合理的に考えれば、農作地にするのが、最も効率的だ。

 そう……効率的なのだ、そのはずなのに……。

 ――我ら帝国貴族は農民を見下した。畑仕事を下賤な仕事だと軽視した。それは愚かなことであった。

 ベルマンは、生まれながらに、ギリギリの中央貴族、中央貴族未満などと言われ続けた男だった。だからこそ、中央貴族たることに、余計に囚われたのだ。

 けれど、そこから解放された彼は、極めて素直に物事を見ることができていた。

「あれは、呪いのようなものであったな……」

 中央貴族たちを今なお捉える常識、慣習、呪い……そこから解放してくれた者、そして、ベルマンの栄誉を約束してくれる者、それこそが……。

「ミーア姫殿下……」

 自らの館の前で、ベルマン子爵は待ちかねていた。

 皇女ミーアを。さらには、皇帝マティアス・ルーナ・ティアムーンを。

「まさか、陛下までいらっしゃることになるとは……」

 身に余る栄誉と誇りを胸に、彼は、今か今かと、その到来を待ちかねていた。

 そんな彼の目に……馬車の一団が入って来た。

 随伴の者たちに続いて、馬車を降りた恩人、ミーアは……なぜか、ニコニコ上機嫌な顔をしていた!


「ご機嫌よう、ベルマン子爵」

 ミーアは、鼻歌混じりにスカートをちょこん、と持ち上げ、ベルマン子爵に挨拶する。

 そうなのだ、ミーアは大変……大変に! 機嫌がいいのだ。理由はとてもシンプルで……。

 ――ああ、この、実に適切な規模のお出迎え、素晴らしいですわ!

 ミーアはベルマン子爵のお出迎えに、心から感心していた。

 なにしろ、子爵家の者たちが出迎えているのは、ミーアではない。皇帝、マティアス・ルーナ・ティアムーンなのだ!

 それに、振られている旗はティアムーンの国旗だ。ミーアの顔が付いた珍妙な旗ではない! それに、ヘンテコな像が出迎えることもなければ、ミーアを賛美するおかしな歌が聞こえてきたりもしない。

 極めて普通。常識的! ああ、素晴らしきかな常識人、である。

 ミーアは、ベルマン子爵のことを見直した!

 さて、ミーアに続き、皇帝マティアスが馬車を降りた。それを見て、ベルマン子爵が感動のため息を漏らす。

「おお、ベルマンよ。短い滞在だが、よろしく頼むぞ」

 片手を挙げ、威厳たっぷりに言うマティアスに、ベルマンは膝をつき、深々と頭を下げる。

「ははー! 皇帝陛下が、我が屋敷に御玉体(おんぎょくたい)をお運びあそばせられましたこと、誠に光栄至極にございます。このベルマン、全身全霊を持ちまして……」

 それを見て、マティアスは首を振った。

「ベルマン子爵よ、そうかしこまらずとも良い。私は、休暇に来ているのだ。それより、こたびは、ヴェールガからの客人も同行している。くれぐれも無礼のないよう注意せよ」

「ははー。臣の心に深く刻ませていただきます!」

 ――ああ、そう。これですわ。熱烈な忠誠がこちらに向かってこない、この気楽さ……素晴らしいですわ。

 これから向かう聖ミーア学園前の、ひと時の心休まる時間。

 それをじんわり噛みしめるミーアである。そう、心の平安を保つためには、適度な休息が必要なのだ。

 そうして徐々に徐々に、恐ろしい場所に足を踏み入れる、心の準備をするミーアなのであった。

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― 新着の感想 ―
メタ発言に近くなっちゃうけど、ベルマン子爵ティアムーン帝国物語の人物で本当によかったよね 他の死に戻り系の作品なら革命の原因になった中堅貴族なんて良くて本人は隠居、悪けりゃ死刑だろうに… ミーア様が報…
[一言] これから向かう聖ミーア学園前の、ひと時の心休まる時間。  それをじんわり噛みしめるミーアである。そう、心の平安を保つためには、適度な休息が必要なのだ。  そうして徐々に徐々に、恐ろしい場所…
[良い点] なにしろ、子爵家の者たちが出迎えているのは、ミーアではない。皇帝、マティアス・ルーナ・ティアムーンなのだ!  それに、振られている旗はティアムーンの国旗だ。ミーアの顔が付いた珍妙な旗では…
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