第二十九話 すでに動き出していた!
さて、帝都での短い滞在期間を経て、ミーアは、ベルマン子爵領へと向かった。
グリーンムーン家令嬢、エメラルダのみならず、こっそり皇帝陛下も同行する、その一行は、結構な大所帯となっていた。
ぜひとも、ミーアと一緒の馬車に! と主張する父、マティアスに対し……、
「皇帝陛下、僭越ながら……年頃の娘にあまりグイグイいくと嫌われますわよ」
なぁんて横から口を出したのは、エメラルダだった。
そんな彼女は、ちゃっかりミーアと同じ馬車、お隣の席をキープ!
それを見たミーアは、さらにルードヴィッヒとアンヌに、自分の馬車に乗るように指示する。ベルマン子爵領に着くまでに、これからのことを相談、共有、コンセンサスを得る構えだ。
一方、しょんぼり顔のマティアスだったが、直後、手招きするベルを発見。見事、ひ孫と母パトリシアとの同席をゲット。ついでに、四大公爵家令嬢シュトリナより、娘の扱いについての知見を得る機会に恵まれることになった。
馬車が走り出したところで、ふと、ミーアは首を傾げた。
「あら……ルードヴィッヒ、心なしか顔色が良くなったような気がしますわね」
「はい? そうでしょうか……」
「ええ。少しばかり血色がよくなっているような……肌艶も……。なにか、ありまして?」
問いかけると、ルードヴィッヒはわずかに首を傾げ、それから、アンヌのほうにチラと目を向けて穏やかに笑った。
「いえ……強いて言うならば、ミーアさまに倣い、食事をしっかりととって、睡眠もきちんととるようにしたこと……でしょうか」
「わたくしに……倣う?」
一瞬、ルードヴィッヒがベッドの上でゴロゴロしてたり、あまぁいスイーツをしっかりと食べている姿が思い浮かび、帝国の将来が心配になるミーアであったが……。
「ミーアさまに倣うなんて、感心ですわ。あなた、見どころがありますわね!」
うんうん、っと感心した様子のエメラルダである。気を取り直すようにミーアは一つ咳払い。
「ともあれ、せっかく、こうして集まって話ができるわけですし……情報の整理がしたいですわ。今回はいろいろな状況が錯綜していますし……」
ミーアとしては、叡智袋、ルードヴィッヒの認識と、グロワールリュンヌの内情に詳しいエメラルダの認識をすり合わせておきたいところだった。
ミーアはイエスマンでいたい。そのために、自らの頭脳たるルードヴィッヒに、必要な情報を与えて、最適解を導き出すよう、取り計らっておきたいのだ。
そう、ミーアは腕利きの伝令兵なのだ。ということで……。
「まず、これからのことですけど……」
そう言って、ミーアはルードヴィッヒに視線を送る。っと、彼は一つ頷いて、
「とりあえず、旅程の確認ですが、ベルマン子爵領の領都にて一泊。その後、皇女の町へと向かう予定です」
その言葉に、ミーアはスゥっと瞳を細め……。
「ふむ……つまり……ミーア学園が近づいたところで、一日のタイムラグを生むことができる、ということですわね?」
「そうですね。領都にてバルタザルが待っているとのことです。なので、到着した日に細かいことを打ち合わせて、それから彼が先行してミーア学園に戻るか……。あるいは、私が先行してミーア学園にて打ち合わせをすることも考えられますね」
「なるほど、重要なことですわ」
そう、極めて極めて! 重要なことである。
きちんと、ミーア像の状況とか確認したいし……数が増えてないか、とか、大きく成長してないか、とか……。
放っておくと成長する木の像や、勝手に表面が黄金に変わったりする像など怪奇現象以外の何者でもないが、それが起こる場所こそ、魔窟、聖ミーア学園なのだ。ミーアへの忠誠が増すたびに、大きな像に作り替えられていくなんてことは、よくあることなのだ。
できれば、自分が先行して、きっちり釘を刺しておきたいところではあったが……ここは、グッと我慢。
「こちらを出迎えるために、過剰な準備は不要ですわ。ユバータ司教は、中央正教会の司教ですし、過度に豪華な出迎えは好まれないはず」
「はい。私も、あまり金銭をかけた出迎えには賛同できませんので、その分、真心のこもったお出迎えをすることになるかと……」
「……まごころ」
一瞬、いやぁな予感がするが、とりあえず、今はそれを呑み込んでおいて……。
「今回の目的は、ユバータ司教に聖ミーア学園の教育理念や、実践、子どもたちの状況や成果である小麦を実際に見ていただくこと。それにより、パライナ祭の実施の許可をもらうことですわ」
ミーアは確認するように言って、
「くれぐれも、そのことを聖ミーア学園のみなには確認しておいていただきたいですわ」
念を押すようにルードヴィッヒに目を向けてから、今度はミーア、エメラルダに目を向ける。
「それと、グロワールリュンヌの件について、ですわね。帝国内には、他にもいくつか学校はあると思いますけど、文句を言ってきそうなのは、グロワールリュンヌだけかしら?」
ミーアの言葉を受け、エメラルダが頷く。
「グロワールリュンヌが良いと言えば、他校も黙ると思いますわ。ですから、ユバータ司教に、そのことを見せて、不安を払拭して差し上げればよいと思いますけれど……」
「一番、避けたいのは、彼らが何の反応もしてこないことでしょうか……」
ルードヴィッヒが難しい顔で言った。
「どういうことですか? ルードヴィッヒさん」
不思議そうな顔でアンヌが尋ねる。そして、ミーアも、その疑問には同意だった。
――見栄っ張りな貴族が、黙っているとも思いませんけど……。
そう考えるミーアの前で、ルードヴィッヒが説明を始める。
「グロワールリュンヌ学園側としては、聖ミーア学園が帝国の代表校という扱いをされれば、確かに文句を言ってくるかもしれない。しかし……そもそもパライナ祭を歯牙にもかけない可能性も十分にある」
そう聞いて、ミーアは、ああ、確かに、と納得してしまう。
セントノエルに通う者であれば、ヴェールガの権威を肌で感じている。聖女ラフィーナと直接的に接したことがあるならば、彼女に逆らおうなどという気にはならないはずだ。
けれど、帝国の中央貴族の中には、ティアムーン以外の国を見下し、ヴェールガを単なる小国と鼻で笑う者たちがいないでもない。
それは自分たちがセントノエルに選ばれなかったことへの腹いせという側面もあるだろうが、いずれにせよ、古臭い祭りの代表校に選ばれずとも、痛くもかゆくもない、などと言う者もいるかもしれない。
「それに、タイミングの問題もある。いざ、祭りをすることが決まり、準備が進んだ段階で否を唱えられたら、それこそ厄介だ。だから、反対するならば、今のうちに声を上げてもらいたいところだ」
「なるほど。その懸念を司教さまは抱いていて……それをなんとかしないと、パライナ祭の開催が決まらない……だから、今の時点での沈黙と言うのは、望ましいものではない、ということですわね」
むむむ、っと眉間に皺を寄せるミーアに、けれど、エメラルダは涼しい顔で言った。
「あら、それなら、心配ありませんわ。ミーアさまのご許可をいただき、すでに手は打っておりますもの」
――うん?
ミーア、一瞬、固まる。
――はて? 許可、とは……?
「それは、どういうことでしょうか?」
眼鏡を押し上げつつ、問いかけるルードヴィッヒに、エメラルダは胸を張り……。
「実は、先日、ミーアさまにご提案いたしましたの。彼らの嫉妬を刺激するような策を取ったらどうか、と。ミーアさまは、とぉっても感心してくださいましたから、早速、昨日、母に申し上げましたの。さりげなく、パライナ祭という、名誉ある、伝統的な祭りが再開されること。聖ミーア学園が帝国の代表校に選ばれるかもしれないこと。そして、その視察のために、ヴェールガ公国から、とても偉い司教さまがいらっしゃっているということも……」
それを聞き、ミーアは、思わず口をあんぐーりと開ける。
――え、いや、わたくし、何一つ許可とかしてませんけれど……。
そうなのだ……ミーアは完璧に忘れていたが……エメラルダは、声をかけられるのを待ち、声をかけられるよう働きかける……釣り野伏せ戦略の第一人者なのである!
ミーアから、お茶のお誘いがないかじっと待ち……時にお手紙や贈り物などにさりげなくお茶の香りを混ぜつつ、夏休みの間ずっとミーアからお呼びがかかるのを待っていた……面倒くさいやつなのだ!
そんな、面倒くさいエメラルダが、グロワールリュンヌに対して煽るようなことをしないだろうか? 否、そんなはずがない!
――ああ、でも……それ、すごく反応がありそうですわ。エメラルダさんの言葉が事実ならば……絶対に抗議がありますわ!
「なるほど……。相手の反応を待つのではなく、相手が反応するように仕掛ける、ですか……。確かに、いずれ起こるかもしれない危険ならば、こちらの計画の内にその危険を含めてしまえばいい。タイミングもこちらで決められる分、それが上策ですね」
ルードヴィッヒはそう言うと、ミーアのほうに目を向けてきた。
「さすがは、ミーア姫殿下。すでにそんな手を打たれているとは……」
「え、お、おほほ……え、ええ、そういうことですわ。うん。さすがは、エメラルダさん、期待通りの働きですわね」
「お役に立てたようで嬉しいですわ、ミーアさま」
エメラルダは、もっと褒めてもよろしいんですわよ? とばかりに、ドヤァっと胸を張るのだった。




