第百十一話 出撃! 恐怖の金剛歩兵団!
二日間、村で疲れを癒した二人は、近隣の町に行くという商人を紹介してもらい、村を後にした。
「気を付けるんだぞー!」
大きな声で叫ぶムジクに手を振り返すミーア。
「すっかりお世話になってしまいましたわね。お礼ができないで心苦しいですわ」
そうつぶやきながら、シオンの方を見る。っと、
「キースウッドたちが無事ならばいいんだが……」
シオンが小さくつぶやいた。わずかばかり、不安げな彼の様子にミーアは首を傾げかけて……、思い出す。
――そうか、そういえば、そうでしたわね……。
自分たちが川に落ちた原因、それは馬車を暗殺者に襲われたからだった。
あの後、馬車がどうなったのか、キースウッドとティオーナが無事なのかはわからないのだ。
――あら? でも、別にあの二人に何があっても、そんなに問題ないんじゃないかしら?
なにしろ、仇敵二人組である。けれど、
――まぁ、でも、無事を祈ってあげようかしら……?
ミーアは思い直す。
恐らくキースウッドはシオンにとって大切な人間なのだろう。
自分にとっての忠臣アンヌと同じように。
――こいつにも、人間らしいところがあるんですのね。ちょっと意外でしたわね。
その殊勝さに免じて、無事を祈ってやらないでもない。
――フォークロード商会の馬車になにかあったら、クロエに申し訳ありませんし、御者さんのついでで、ぐらいには無事をお祈りしてさしあげますわ。キースウッドさんには、サンドイッチの時に少しとはいえ、お世話になりましたし。ティオーナさんにも……。
「……あの連中に襲われたら、俺一人では、厳しいだろうからな」
ふいに、シオンのつぶやきが耳に届く。
「えーと、つかぬ事をお聞きしますが、厳しいというのは、どういう意味ですの?」
「……君だけでも無事に逃がすよう、努力だけはさせてもらう」
――キースウッドさん! どうかご無事でいてくださいませっ!
ミーアは、ここ最近で二番目に気合の入った祈りをささげた。
「それにしても、この辺りは平和そうですわね」
森を出て街道を歩くこと半日。その間、特に大きなトラブルはなかった。
いかにも田舎といったのどかな風景の中、道行く人々は、国内で紛争が起こっているとは信じられないほどにのんきな顔をしている。
「ここいら辺は盗賊とかも出ないし、うちら商人には商売がやりやすい場所なんだよ」
「……でも、内戦が起きてるんですよね?」
「ここらじゃ関係ないねぇ。ドノヴァン伯爵領の町で暴動が起きたって話は聞いたけど。なんでも、反乱を治めるために、精兵の金剛歩兵団を出したって噂だ」
「金剛歩兵団だと? それでは、戦いにならない。一方的な虐殺になるぞ」
シオンは呆れたようにつぶやいた。
「金剛歩兵団……って、なんなんですの?」
首を傾げるミーアに、シオンは苦々しげに答えた。
「国王が直々に編成した精鋭部隊だ」
金剛歩兵団、それは、現レムノ国王の大号令により、生み出された部隊だった。
「一騎当千の兵のみで構成された最強の重装歩兵団を!」
そんな王の求めに応じて、人員集めが始まったのは十年前のこと。
身分は問わず、国籍も問わず、罪歴すら問わず……。
国内外、様々な場所から巨躯の持ち主を見つけては、厳しい選抜試験を課し、それに合格した者に徹底した軍事鍛錬を施す。
そうして生まれるのは、巨躯の英傑のみによる恐るべき歩兵団だ。
「聞くところによれば、全身金属の鎧をまとい、巨大な斧を片手で軽々と振るえるほどの剛の者たちだとか……」
深刻そうな口調のシオンとは対照的に、ミーアは、その夢のような兵団に瞳をキラキラさせていた。
――それ……、すっごく強そうですわっ!
基本的に、ミーアは大男が嫌いではない。
料理長や、ディオンのところの副隊長など、なぜかミーアは大男との相性が良いのだ。
――わたくしの近衛にも、何人かスカウトできないかしら?
「……被害の大きさは、想像を絶するだろうな」
革命軍とはいえ、この国の民だ。
それも、重税に耐えかねて立ち上がった人々なのだ。
その弾圧のために、容赦なく強力な戦力を当てた国王に、シオンはかすかな怒りを覚える。
確かに、王権を守るためには反乱を厳しくたたく必要があるのはわかる。
味方の部隊の被害が出ないよう、敵よりも強い兵力をもってあたらなければならないことも、理解はできる。
けれど、それでも限度がある。
金剛歩兵団のような強力な武力を向けるべき相手は、同じく、訓練を受けた他国の正規軍であるべきだ。
しかも、シオンの記憶では、これは彼らの初陣だ。
手柄を立てるため、士気は相当に高いはず。
……それがわからないはずがないのに、なぜだろう、ミーアは先ほどから上機嫌に微笑みを浮かべていた。
不審に思いつつも、商人に話を振ったシオンは、すぐに、その理由を知ることになる。
「それで、被害はどのぐらい出ているのですか?」
「俺が聞いた話だと、まだ出てないみたいだぞ」
「……は?」
「まだ、一度も矛を交えてないって話だ。ほら、なにせ奴ら、金剛石の兵団だからさ」
商人の一言で、シオンは何が起きているのかを察し……、その背筋を戦慄が駆け抜けた。
――ま……、まさか、ミーア姫はそれすらも読み切って、だから笑っていたというのか?
事態は、あらゆる者にとって、想定外の方向に転がっていた。