第二十七話 ツンデレイジョウ、襲来す!
白月宮殿を、一人のご令嬢が歩いていた。
胸を張ってずんずんと、腕を振って意気揚々と、髪を揺らしてウキウキと、廊下を進んでいく。
案内に出てきたメイドを置き去りに、専属メイドのニーナのみを引き連れて……。
エメラルダ・エトワ・グリーンムーンは、やってきた。
夏休みで帰国中の、ミーアと遊ぶべくやってきたのだ!
「ミーアさま、遊びに来ましたわよ!」
元気よく声を上げつつ、ミーアの部屋のドアを開ける。けれど……部屋には親友、ミーアの姿はなかった。
「あ……あ、れ……?」
キラッキラと花のように輝いていた顔が見る間に、しょんぼりとしおれていく。
……そうなのだ。残念なことに、ミーアたちは、すでにベルマン子爵領に旅立って……旅立って……?
「僭越ながら、エメラルダお嬢さま。いただいたお手紙のほうには、空中庭園にてお茶会を、と書かれておりますが……」
よかった! 旅立っていなかったっ!
メイドのニーナの指摘に、エメラルダの顔が再び、ぱぁあっ! と輝いた。
「そういえば、そうでしたわね。ありがとう、ニーナ」
「恐縮です。ですが、できれば私のことは、メイドとか、そこの、とか、もう少しその……ぞんざいに扱っていただけると、大貴族のご令嬢としての品格というものが……」
「さ、行きますわよ!」
ニーナの言葉を華麗にスルーし、エメラルダは空中庭園に向かった。
「ミーアさまっ! 遊びに来ましたわよ!!」
ばばーんっと音を立てつつ現れたエメラルダに、ミーアは思わず苦笑いを浮かべる。
「ああ、エメラルダさん。来ましたわね。やっぱり帝都にいたんですのね」
「とーぜん、ですわ! 今年こそ、ミーアさまからお誘いがかかるって信じておりましたもの!」
ニッコニコ、上機嫌に笑うエメラルダを見て、ミーアはそっと胸を撫でおろす。ああ、覚えていて良かった、と。
――あっぶないところでしたわ。なにも言わずに聖ミーア学園に行っていたら、また不満をぶつけられてしまうところでしたわ。
もっとも、エメラルダを呼んだ理由はもちろん、それだけではない。
彼女は他ならぬ、グリーンムーン公爵家の娘。グロワールリュンヌ学園との関係は深いし、彼女の弟たちも、学園に通っているはずなのだ。
なおかつ、グリーンムーン家で預かるエシャール王子は、ミーア学園のほうに通っている。
すなわち、エメラルダは、バリバリの関係者なのだ。
――正直なところグロワールリュンヌのことはどうすればいいのか、まーるっきり思いつきませんし……、ここは力を借りられそうな方をどんどん巻き込んでいきましょう。
そうなのだ。ルードヴィッヒに言われて、ミーアは反省したのだ。
やはり、貴族を排除しては駄目だ。悔い改めさせて、仲間にしてしまえば、きちんと使えるのだ。そして、悔い改めた仲間にはちゃんと情報を共有して、力を使ってやらなければならない。それこそが、楽をするコツなのだ!
ということで、ミーアはエメラルダの協力を得るべく、こうしてお茶会に誘ったのだ。
もちろん、ブルームーン家のサフィアスにも忘れずに、要点をまとめた手紙を出していた。ちなみに……手紙の結びに、またレティーツィアと一緒に、お料理会などどうだろう? という誘いの一文を入れてしまったがゆえに、サフィアスが震え上がることになるのだが……それはともかく。
「あら? ところで、そこのお二人はどなたですの? 見たところ、ラフィーナさまに似ておられるような気がしますけど……」
小首をかしげるエメラルダに、レアとリオネルがそれぞれ挨拶する。
「なるほど、ルシーナ司教伯家といえば、ヴェールガの名門ですわね。それに、神聖図書館長まで同行しているだなんて、さすがですわね、ミーアさま」
エメラルダは感心した様子で微笑んでから、腕組みした。
「ですが、いったい何をなさるおつもりですの?」
「そうですわね……。エメラルダさんは、パライナ祭というのをご存じですの?」
「技術の祭典パライナ祭。ヴェールガ公国の古いお祭りですわね。各国の様々な技術を共有し、人間すべての生活を発展させていこうという……。ずいぶんと古臭い物が出てきましたわね」
「ふふふ、知ってましたのね。さすがは、外交のグリーンムーン家ですわ。実は、今度、そのパライナ祭を再び開催しようという話になっておりますの。かつてと違い、教育の分野で、ですけど……。とりあえず、座ってお茶にしましょう」
率先して席に座り、それから口を滑らかに動かすために紅茶を一口。クッキーをサクリ、ペロリ、うーん美味しい。
それから、ミーアは、これまでの流れを説明する。
セントバレーヌでの一件、そして、ユバータ司教の件、さらには、これを機に、グロワールリュンヌ学園に、逆侵攻をかけよう、というあたりまで。
「なるほど、そういうことでしたのね。確かに、グロワールリュンヌ学園には、反農思想が根深く残っておりますわ。うちの弟たちも、現在、教育中ですけど……」
頬に手を当てて、悩ましげに眉間に皺を寄せるエメラルダ。
「とても厄介な思想ですわ。私自身、ミーアさまやエシャール殿下との出会いがなければ、同じような思想に囚われたままであったと思いますし……」
「ほとんどの帝国貴族は、そのように教え込まれておりますもの。仕方のないことではありますけれど、いつまでもそれを放置しておくこともできませんわ。この機に、わたくしは、その辺りのことを変えていきたいと思いますの」
それから、ミーアはがっしとエメラルダの手を握りしめる。
「だから、エメラルダさん、あなたにはぜひ、協力していただきたいと思っておりますの! わたくしに、力を貸していただけるかしら?」
将来、楽をするために! 気合が入るミーアであった。




